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このままじゃ焼け死に?518日間のはい上がり

毎日パチンコと酒で気を紛らわす主人公の金田。ほかの誰ともほとんど話をせず、準引きこもり状態。パチンコに負けたある日、思わずヤケ酒をしてしまい、くわえタバコのまま寝てしまった――。

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連載「518日間のはい上がり」について

 この物語は、マイルストーンの水野浩志代表取締役の実話を基に再構成したビジネスフィクションです。事実がベースですが、主人公を含むすべての登場人物は作者森川滋之の想像による架空の人物です。

前回までのあらすじ

 会計事務所の事務員として働いていた主人公の金田貴男。会計士ばかりの職場に反発して友人とレンタルサーバの会社を起業したものの、資金繰りに行き詰まりあえなく倒産し、1500万円の借金を背負う。何とか次の会社に就職するも試用期間のうちに嫌になって辞職。酒とパチンコの日々を過ごす金田であった。


 毎日パチンコ屋に通ってるわけだから、引きこもりという言葉は正確じゃないかもしれないけど、自室とパチンコ屋にしかいなくて、ほかの誰ともほとんど話をしないわけだから、準引きこもりとでもいうのかなあ。この数カ月、ずっとこんな状態。

 かみさんともしばらく話してないなあ。どうしてるんだろう。

 これでも、時給の少ないバイトをやってるよりは割がいいんだよね。パチスロと会計事務所からのわずかな報酬でなんとか暮らせている。借金は減らないけど。

 だから、今のままでもいいような気がする。

 最初は、平日の昼間からパチンコ屋に通っている人間ってどう見えるんだろうみたいな世間体もあった。でも、そんなのは最初の一週間だけ。だんだんひげもそらず、髪も手入れしなくなっていった。

 着替えもだんだん適当になっていったので、ホームレスに見えたかもしれないけど、まあ日焼けしてないのと、2、3日に1回は風呂にも入るので、その点はあまり心配しなかった。

 さすがにこの風貌で事務所に行くのははばかられたし、第一誰とも会いたくないので、会計事務所の仕事はネット経由で処理することにさせてもらった。この仕事だけはさすがにきちっとやってる。でも、これ以外はなーんにも仕事がない。

 人間ってダレてくると、けっこう幸せなんだよね。最近の俺は変にニヤニヤしてるんじゃないかと思う。

 朝から夕方までパチスロやって、その間タバコ吸ってるだけ。のべつまくなく吸ってるから、1日3箱になるけど、タバコはパチスロのコインと替えてくれるので、金を払ってる感覚がない。

 タバコが切れたら、トレイにたまったコインを一つかみして、景品と交換してくれるところへ行くだけ。お金がないからタバコ代を節約しよう、なんて気持ちにはならないんだよね。

 帰り際に一番安いウイスキーをコインと替えてもらう。それでも換金すると1万円ぐらいは残っているから、なんか働いてる気にもなっちゃうんだよ。

 これも不思議でさあ。最初の頃は勝ったり負けたりで一喜一憂してたんだけど、今では仕事と変わらないんだなあ。そうなったら、ドキドキもしない。仕事してるからトレイにコインが溜まってるだけってことなんだよね。

 だから、負けたりなんてしたらイライラの絶頂だよ。ありとあらゆるものを呪って、台を叩いたりする。もちろん軽くだよ。本気で叩いたら出入り禁止になっちゃうからね。それだけは避けたい。ほかにすることもないし、店を変えて一から研究するのも面倒だしね。

 まあ、負ける日はほとんどないけど。

 ところが、その日はたまたま負けちゃったんだ。なじみの店員が「うるせえから今日は帰れ」って言うんで、閉店にはちょっと時間があったけど帰ることにした。

 わざわざディスカウントの酒屋に行くのは面倒くさかったけど、ボトル1本空けないと眠れないから、一番安いウイスキーを自腹で買った。800円だけど、財布から出すと痛い。

 かみさんは、とっくに飯を済ませて自分の部屋にいる。俺は、いつものようにビールグラスを取り出すと、それにウイスキーをドボドボと注いだ。

 気付けに軽くいっぱい飲み干した。もういい気分。冷蔵庫からつまみになるものを取り出してきて、ソファーに向かった。

 テレビをつけると、なんかくだらないバラエティ番組をやっている。なんとかって科学者が、大学で研究でもしていればいいのに、しゃしゃり出てきて偉そうなことを言ってる。しかも、どうも専門外のことを言ってるようだ。これなら俺にだって言えるぜ。

 こんな野郎が、何千万円も稼いでると思うと無性に腹が立ってきた。

 「ふざけるな、馬鹿やろう。世の中、バカばっかり。俺みたいな才能の持ち主をなんでほっとくんだ。くそったれ」

 あとは文字では書けないような言葉ばかり。イヤになってきたんでテレビはぶち切ってやった。だいたい今日だって、俺様の台に新参者のカス野郎が座ってたから負けたんだ。あのオヤジのせいだ。貧相ななりしやがって、結局勝ってやがった。ちくしょう。

 ボトルのウイスキーは、あっという間に3分の1ぐらいになった。灰皿も山盛りになっている。また吸いたくなった。タバコを1本くわえて火をつける。

 ちくしょう。何だって、俺ばっかりこんな目に合うんだ。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……。

 俺は地獄に堕ちている。ゴルゴ13の顔をした閻魔大王が、俺に向かって「ギルティ」と宣告する。2匹の鬼が俺を両側から抱えて、火炎地獄に連れて行く。

 「うわあ、やめろ、馬鹿野郎!」鬼は、俺の腹に火を着けた。俺の腹から火が噴き出す。

 「熱い、熱い、熱ーーーーーーい」

 あまりの痛みに目が覚めた。

 反射的に痛むところを見た。火が着いたタバコが腹に落ちている。Tシャツに穴が開いて、煙が出ている。焦げ臭い。

 俺は慌てて、タバコを振り払う。絨毯(じゅうたん)の上に落ちたタバコを拾い上げて、灰皿に捨てた。拾うときにちょっと熱かったが、腹の熱さに比べたら屁のようなもんだった。

 幸い絨毯もソファーも被害はなかったが、俺のへその上10センチぐらいのところに直径2センチぐらいの真っ赤な円が描かれていた。

 氷のうをあてたけど、水ぶくれになるんだろうなあ……。

 しばらくして、頭痛とともに酔いが冷めてきた。冷静に考えると、これって相当やばいことなんじゃないだろうか。たまたま気がついたからいいけど、もっと酔いが回っていたら気がつかなかったかもしれない。

 たまたま腹の上に落ちたからいいけど、もっと燃えやすいものの上に転がっていっていたら、業火の中でそのまま窒息死してたかもしれない。

 たまたま……。運が良かった……。

 いやな汗が出てきて、背中を伝っていく。

 「反省」という言葉が脳裏に浮んだ。

 今日はいつもと違っていた。いつもはもう少しマシ、というかおとなしく飲んでる気がする。悪態はつくけれど、それは口癖みたいなものだ。しかし、今日はマジに腹が立っていた。

 その理由はといえば、久しぶりにパチスロで負けたからだ。それでいろんなことにイライラした。テレビにもあたった。

 そうだ。俺のいつもの台に座ってたオヤジにも八つ当たりしていた。そいつがいたせいで負けた、と怒っていた。

 でも、本当にそうか?

 いつもと同じ台に座れないこともある。それでも勝つ日は勝つ。よくよく考えたら一日のうちでも台を移動している。だから、負けた原因はそのオヤジのせいではない。

 俺のせいじゃないか。

 ん? そういうこと?

 俺の今の境遇は、もしかしたら全部俺のせい?

 いや、さすがに全部じゃないだろう。そもそも、こんなプータロー状態になっているのは、IT商事が俺を評価しかなかったからじゃないのか?

 待てよ。でも、俺はくびにされたのか? いや、自分でいやになって辞めただけだ。確かに引き止められなかったけれど、こちらが望んでしたことだし……。

 そもそも評価されてないと思ってるけど、評価されるだけのことをしたのか? いや、ぜんぜんしてなかったよな。周りを馬鹿だと決め付けて、こんなんじゃやってられねえって手抜きしてただけじゃなかったか。

 こういう風に考えると、起業して失敗したことも、会計事務所も、その前のコンビニやソフトハウスや映像制作会社を辞めたことも、悪いのは俺だって気がしてきた。

 いやだ。そんなことは絶対に認めないぞ。俺は、ちょっと弱気になってるだけだ。周りが馬鹿で、自分が正しい。いつだってそうだったはずだ。

 そのとき、声が聞こえた――気がした。

 「じゃあ、なんだってお前は、誰からも認められないんだ? 世の中にはお前よりすごい人たちもいるだろう。お前が正しいなら、なぜその人たちはお前を認めてくれないんだ?」

 それは、そんな人はいないからだ。世の中は馬鹿ばっかりなんだ。

 「なら、人にいなくても天にはいるだろう。それなのに、なぜ焼け死にしそうになったんだ。天も見離したと思わないのか?」

 生きてるということは、天も見離してないということだ。……そう考えたけど、やはり虚しかった。自分よりすごい人は掃いて捨てるぐらいいるし、タバコのことは天罰――のような気さえする。

 やっぱり俺が悪いのだろうか? 俺は自分を変えないといけないんだろうか?

 少なくともそうしないと長生きできない気だけはする。

次回に続く

著者が提唱する「333営業法」とは?

 著者・森川滋之が、あの「吉田和人」のモデルである吉見範一氏と新規開拓営業の決定版と言える営業法を開発しました。3時間で打ち手が分かるYM式クロスSWOT分析と、3週間で手応えがある自分軸マーケティングと、3カ月で成果の出る集客ノウハウをまとめた連続メール講座(無料)をまずお読みください。確信を持って行動し始めたい方のためのセミナーはこちらです。

著者紹介 森川滋之(もりかわ・しげゆき)

 ITブレークスルー代表取締役。1987年から2004年まで、大手システムインテグレーターにてSE、SEマネージャーを経験。20以上のプロジェクトのプロジェクトリーダー、マネージャーを歴任。最後の1年半は営業企画部でマーケティングや社内SFAの導入を経験。2004年転職し、PMツールの専門会社で営業を経験。2005年独立し、複数のユーザー企業でのITコンサルタントを歴任する。

 奇跡の無名人シリーズ「震えるひざを押さえつけ」「大口兄弟の伝説」の主人公のモデルである吉見範一氏と知り合ってからは、「多くの会社に虐げられている営業マンを救いたい」という彼のミッションに共鳴し、彼のセミナーのプロデュースも手がけるようになる。

 現在は、セミナーと執筆を主な仕事とし、すべてのビジネスパーソンが肩肘張らずに生きていける精神的に幸福な世の中の実現に貢献することを目指している。


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