「ケータイを持たせない」という選択(1)小寺信良「ケータイの力学」

» 2010年05月06日 12時30分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 子どものケータイ規制の問題を取り上げると必ず浮上するのが、「そんなに問題だというならばそもそも持たせなければよい」という考え方である。

 現在の社会においてケータイがどのようなポジションに位置するかを考えてみると、一個人が1台以上を所持し、情報社会と個人をひも付けるためのツールとなっている。それならば、保護者や学校の保護下にある小中学生には必要ないはずである、とする考え方にも一理ある。

 子どものケータイ不所持に関しては、2010年1月から石川県が条例で、小中学生に携帯電話を持たせない努力義務を保護者に課した。ケータイ規制に関していくつかの自治体が、条例改正により追従の構えを見せているが、まだ明確に不所持を宣言したところは、石川県以外にはない。

 この条例には、モバイル系のフォーラムや弁護士らから、憲法や人権保護の観点で問題があるのではないかという指摘がされており、それを押してでも条例化しようというのは難しいと考えているようだ。つまり石川県の条例はいくら努力義務とは言え、条文化はさすがに「やり過ぎた」ものであると、多くの自治体は判断したということである。

ケータイ規制条例の原点

 このケータイ不所持運動の原点となったのは、石川県にある野々市町という小さな町が町民運動として始めた「プロジェクトK」という活動である。「なんとか町」と聞くと普通の人は、のどかな田園風景を想像しがちであるが、実際の野々市町はそのイメージとはまったく違っている。

Photo 野々市町の中心部。巨大ショッピングモールが広がる

 立地としては北陸三県の拠点ともいえる巨大都市金沢市に食い込むような形で独立しており、JR北陸本線と私鉄北鉄石川線の2本が乗り入れる、大変便利な場所(地図)である。金沢駅からはJR線でたったの2駅、ピッカピカの新興住宅地で、2011年には単独市政に移行する予定だという。

 これらの現地取材は、民間の事業者で作る「安心ネットづくり促進協議会」とインターネットユーザー協会(MIAU)の共同事業として行なった。野々市町の関係者にもヒアリングを行なっており、その内容も公式サイトに掲載しているので、併せてご覧になると状況がよく分かるだろう。

野々市町の「プロジェクトK」とは

 野々市町の「プロジェクトK」は、携帯不所持運動としては希な成功例である。しかしその成功は、いくつかの好条件が重なった結果であるようだ。

 1つめは、取り組みを開始したのが7年前と、非常に早かったことだ。当時は野々市町の中学生で携帯電話の所持率がまだ14%程度で、都市部の同年代の子どもに比べると半分程度であった。さらに若い夫婦が多いベッドタウンであるため、子どもたちの大半がまだケータイとは無縁の小さい子であることも、1つの要素であろう。

Photo 野々市町役場。「町役場」のイメージからはずいぶんかけ離れている

 2つめには町全体がコンパクトにまとまっていることから、行政、学校、家庭の距離が近く、調査や意見の集約が都市部に比べて容易であるということだ。プロジェクトKの母体となっている「“ののいちっ子を育てる”町民会議」は民間組織であるが、町役場も意識調査、実態調査などを小まめに行なっており、行政が現状をよく把握できる規模なのである。

 3つめは、ケータイを持たなくても済むような代替サービスが充実しているということである。保護者が子どもにケータイを持たせる理由の1つとして、塾や習い事の行き帰りの安全のため、というものがある。これに対して野々市町の大半の塾では、子どもの入退室を管理するIDカードと報知システムを連動させ、子どもが塾に着いたら親にメールが届き、出る時にもまたメールが届くようになっている。

 これらは特に行政が指導したわけでもなく、民間が競争の結果、これらのサービスを自主的に導入していったのであるという。ITを否定するのではなく、逆に活用しまくった結果、ケータイがいらない環境を構築したわけである。これには町内に金沢工業大学があり、大学が町のIT化に対してさまざまな取り組みを行なっていることも無縁ではないだろう。

 そう、野々市町は立地から環境まで、すべて「特殊」なのだ。これと同じ方法論を別の場所で展開しても、うまく行くはずもない。野々市町でも石川県の条例による規制は、金沢を始めとする都市部では上手く行かないだろうと見ている。

小寺信良

映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は津田大介氏とともにさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社)(amazon.co.jpで購入)。


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