アップル不在のMacworld Expo、まもなく開幕:Macworld Conference&Expo 2010(1/2 ページ)

» 2010年02月11日 16時31分 公開
[林信行,ITmedia]

アップル不在のMacworld Expoが開幕

WWDCの会場としても有名なMoscone Westでは、すでに火曜日からMacworld Conferenceが始まっている

 Macworld Expoと言えば、毎年1月に行われる恒例のイベントだ。ここでアップルのスティーブ・ジョブズCEOが基調講演を行い、将来のアップルを左右するようなドラマチックな新製品が発表されてようやく1年の幕が明ける、という熱心なアップルファンも多いはず。

 1985年から四半世紀も続いてきたMacworld Expoは、アップルの歴史が作られてきた場所だ。今日のWebブラウザの原形とも言えるHyperCardが発表されたのもここなら(1987年)、初のカラー表示対応Macがお披露目されたのもこのイベントだった(1988年)。初の(巨大な)ポータブル型Macが発表されたのも(1989年)、PC上の動画が花開いたのも(1992年)。PCとは違うPDAというカテゴリーの製品が華々しくデビュー(1993年)し、Macの互換機が登場(1995年)したのもこのこのMacworld Expoだ。'91年からは日本でも毎年2月に開催され1996年のイベントではアップル初のゲーム機、Pippinがデビューを飾った。

1階のロビーにはiPod nanoを抱えた像、アダム・リーダー氏によるアート作品「Socio-Technic Evolution」が展示されている

 しかし、最初の12年よりも、その後の12年のほうが中身も印象もずっと濃いものになった。

 1997年のMacworld Expoは、現在のアップルCEO、スティーブ・ジョブズ氏がアップルに復帰したMacworld Expoだった。直前の1996年の年末、アップルはジョブズ氏がいたネクストの買収を発表する。ピーター・ガブリエルやモハメド・アリなど、それまでにない超豪華ゲストを招き、3時間近くにわたって行われたその年のMacworld Expoの最後のほうで、当時のアップルCEOであるギル・アメリオ氏に呼ばれ、アップルに特別顧問として復帰したスティーブ・ジョブズ氏が姿を現し、買収で彼がアップルに持ち込んだネクストの素晴らしいOS技術を分かりやすく紹介した。ジョブズ氏のスピーチの後には、アップルのもう1人の創業者、スティーブ・ウォズニアック氏も壇上に招かれ、スタンディングオベーションが巻き起こった。

 イベントの直後にはプレスカンファレンスが行われたが、カンファレンス後、アメリオCEOに近寄った多くの古株のジャーナリストは「ジョブズを呼び戻すなんて勇気がある」「ジョブズは近いうちに絶対にあなたと正面衝突することになるだろう」などと注意を促していた。

 それから半年後、同じ年の夏のMacworld Expo/BOSTONの基調講演の壇上に立っていたのはスティーブ・ジョブズ氏だった。Macworld開幕の1カ月前、突如、アメリオが、株価の急落などの責任を取る形で、アップルCEOの座を退任することが発表されたのだ。当時の新聞は株価下落の原因は、ジョブズ氏が「今のアップルを信頼できなくなった」という理由で、ほぼ全部の所有株式を売却したことだと伝えている。

 CEOなきアップルで、誰がMacworldの基調講演を務めるかは、多くのアップルファンの最大の関心事だった。基調講演の日の朝、Macworldのイベントを主催する米IDGの代表だったコリン・クロフォード氏は、壇上に上がると興奮を隠しきれない震える声でスティーブ・ジョブズ氏を紹介した。

 スクリーンには「ピクサーCEO、スティーブ・ジョブズ」と表示されていた。ジョブズ氏は、'96年に一度、潰れかけたアップルが本当に復帰できるか、まだ信じきれておらず、アップルとはやや距離を保つような立場を示していた。それでいて、すでにアップルの未来を決める判断はすべて彼が行っていた。この講演でアップルは、マイクロソフトから大口の投資を受け、関係強化を発表。誰もが、アップルという会社が潰れることも、MacというPCが消える心配もなくなったと確信したイベントだった。

Macworld 2010の現地の様子。Conferenceの始まった火曜日から受付は開始しているが、さすがに人影はまばらだ

 翌年の夏のMacworld Expo '98では、半透明のボディにボンダイブルーと呼ばれる鮮烈な碧色が彩色された初代iMacが華々しく披露された。それにつづくMacworld Expo '99では、そのiMacに5色のカラーバリエーションが現れ、夏には業界でも初めて無線LANを標準搭載した初代iBookが発表された。

 2001年のMacworld Expoもすごかった。ここでスティーブ・ジョブズ氏は、ノートPC作りにおいてアップルが基本仕様だけでなく素材選びまで重視することを、チタニウムの超薄型PowerBook G4を発表して証明した。同じ壇上でジョブズ氏は、Macの第2の人生の出発点となるOS「Mac OS X」を発表した。さらに今でもアップルの中心戦略である「デジタルライフスタイル」戦略を打ち上げ、iTunesを発表した。

 PCが我々の日常を彩る数々のデジタル製品のハブ(中継装置)になる、という構想を見て、ほかのメーカーは「すでに我々も同じようなことを発表している」と軽く見ていた。しかし、多くの日本メーカーがハードウェア技術の連携に軸足を置いていたのに対して、アップルの戦略はiTunesに代表されるソフトウェアに軸足を置いていた。この違いが、後にアップルと日本メーカーの立場を逆転させることになる。

Moscone Center North Hallは地下ホール。このエスカレーターが会場への入り口となる。Macworld Expo会場の入り口付近は、いつもアップルの広告横断幕などで彩られる。実は基調講演開始前用の広告横断幕と、講演直後に差し替える新製品が描かれた横断幕との2種類が用意されていることが多いのだが、火曜日時点ではアップルの横断幕はなかった模様だ。出展だけでなく広告も取りやめたのだろうか……

 アップルは同じ年にMacの直営店事業を発表し、iPodを発表した。おかげで2001年のMacworld ExpoではiPodの話題で盛り上がった。いや、この勢いは留まらず、その後もMacworld Expoは、Mac以上にiPodのイベントになっていった。

 そんな中、2007年1月のMacworld Expoで、ジョブズ氏は「(アップルの創業から)これまでの30年は序章に過ぎなかった」と、世の中を大きく変える新製品「iPhone」を発表し、それまでのパソコンメーカー然とした「Apple Computer」という社名をやめ「Apple」に改名することを発表した。

 2008年のMacworld Expoでは、Macの製造工程まで見直したユニボディ製品のMacBook Airがデビューをした。これがジョブズ氏が講演をした最後のMacworldとなった。

 ジョブズ氏はアップルへ復帰した後、次々と大型トレードショーへの参加取りやめの決断をしてきた。まず最初になくなったのは、夏のMacworld Expo/BOSTONだった。BOSTONはIDGの本社がある場所だったが、ジョブズはBostonでの開催では市場に大きなインパクトを与えられないと、東海岸でのイベント開催地をニューヨークに移すことを要求した。ニューヨークに移さなければ、出展しないという交渉にIDGが折れ、1999年からは夏のMacworld Expoはニューヨークで開催することになった。

 続いてメスが入ったのは、2月に開催していたMacworld Expo/Tokyoだった。こちらも2002年にはジョブズ氏の交渉で、東京から遠い幕張メッセでの開催を辞め、東京ビッグサイトへ開催地を移した。しかし、2003年の夏、アップルはMacworld Expo/BOSTONへの出展取りやめを発表、続く2003年のMacworld Expo/TOKYOも中止となった。

 IDGは1度だけ、アップル抜きのままニューヨークでMacworld Expoを開催し、またボストンでもMacworld Expoを実施したが、アップルなしで長く続かず、どちらも1回限りの開催で終わっている。

 2005年には、実はMacworld Expoよりも1年早く始まっていたヨーロッパのイベント「Apple Expo」への出展取りやめをアップルが発表している。その後、Apple Expoを主催するReed Expoは2年間がんばったが、結局、アップルの出展なしでイベントを維持することは難しく、2008年にはイベントの開催をやめてしまった。

 そして、同じ年の末、アップルは2009年のMacworld Expo/SAN FRANCISCOが、アップルが参加する最後のMacworldになることを宣言した。2009年1月のイベントでは、静養のためしばらく業務を離れていたジョブズ氏の代わりに、フィル・シラー氏が最後の基調講演を行った。2001年にApple Storeの展開を始めたアップルは、同店の世界中の店舗には1週間にMacworld Expo数回分の客が集まっている、というのがジョブズの弁だ。それに2000年代始めごろからほかの大型トレードショーの規模縮小が続いている。

エスカレーターを降りきったところにあるイベントの正面玄関。今から10年ほど前のイベントだろうか、この前で誰かと待ち合わせをしている坂本龍一氏を見かけたことがある。彼のほかにハービー・ハンコック氏やトーマス・ドルビー氏なども。Macworld Expoの会場は世界的アーティストが普通に見学している(写真=左)。さすがに火曜日の段階では展示会場は設営が始まったばかりだった。通常、設営中のMacworld Expoの展示会場のど真ん中には大きな黒い幕で覆われた巨大ブースがある。毎年新製品を発表していたアップルのブースだ。しかし今年は、その黒い幕もなさそうだ(写真=中央)。Macworld Expoの今年のテーマは「ROCK THE NEW ERA」。アップル抜きで再スタートする新生Macworld Expoを参加者全員で突き動かして行こう、といった呼びかけのようだ(写真=右)


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