Playfirstの例は「初期のiPadアプリにおける成功ポイント」といった話題だったが、次に紹介する米Oceanhouse Mediaの例は「App StoreでどうやってiPhone/iPadアプリをビジネス化するか」を示したものになる。ある意味で、このOceanhouse Mediaの事例はApp Storeの特殊性を示す典型かもしれない。
米Oceanhouse Mediaを立ち上げた同社プレジデントのMichel Kripalani氏は、過去20年近くにわたってゲーム業界で活躍しているプロフェッショナルだ。同氏は過去にPresto Studiosという会社を立ち上げており、ここで「Journeyman」「Myst III: Exile」などの開発を行っている。初期のCD-ROMマルチメディアタイトルや、レンダリングエンジンを使ったビジュアル要素を重視したゲームなどに注力していた。
そんな同氏がiPhone発売とともに立ち上げたOceanhouse Mediaが主力としているのが「Dr.Seuss(ドクター・スース)」と呼ばれる電子絵本のシリーズだ。これは絵本作家のTheodor Geisel氏が長年にわたって「Dr.Seuss」のペンネームで記してきた絵本シリーズをベースにした電子書籍であり、個々の絵本タイトルごとに独立したアプリとしてリリースされている。こうしたアプリは週単位で新規リリースされ、App Storeの有料アプリランキング上位には多数のDr.Seussアプリがランクインしている。
ここですさまじいのが同社アプリのリリースサイクルだ。Oceanhouse Mediaを立ち上げた直後、同社は継続的に開発を行うだけの十分な資金が足りなかった。最初のアプリ開発には51日間を要したが、このアプリで1万ダウンロードを達成し、次の開発につなぐための少しの資金を得た。これを繰り返し、大きなアプリではなく小さなアプリのリリースを繰り返し行うことで、これまでに100以上のアプリをリリースしてきたという。
また、最初にリリースしたアプリもKripalani氏が得意なゲームではなく、シミュレータ系アプリだったという。Dr.Seussアプリシリーズもこの過程で誕生したもので、基本となる技術(実行エンジン)はすべて一緒であり、半年前の最初のDr.Seussをリリースして以来、毎週2本ペースで次々とリリースを続け、そのすべてがランキング上位に登場しているのだ。
これを実現しているのは共通化された実行エンジンで、これを複数の契約デベロッパーらとの間で共有することでアプリ開発を委託し、Oceanhouse Mediaがそれを統括するスタイルをとることで驚異的なリリースサイクルを可能にしている。クリエイターというよりもむしろ、一種の流れ作業に近い印象さえ受ける。
ここで分かるのは、App Storeでの成功にはこれまでのPCであったようなアプリケーション開発とは異なるスタイルやマーケティング戦略が欠かせないことだ。同社は少ない資金と収入で会社を回す方法を考えた結果、今回のような仕組みを考案したのだろう。
Kripalani氏は「利益を得る仕組み(レベニューストリーム)を構築するのは非常に難しい」とApp Storeを評しており、実質的にここでの成功の50%はマーケティング戦略に依る部分が大きいと語っている。また特にPR戦略が重要であり、メディア関係者の知り合いなど、コネクションを最大限に活用することの重要性も訴えている。同じシリーズのアプリを小出しでリリースし続けているのも、つねにランキング上位に張り付くための手段なのだろう。特にApp Storeでのアプリは公開直後のダウンロード数が最も多く、その後数週間内に収束してしまう。初速が大事なのと同時に、この好調を常にキープするための仕掛けが必要になってくるようだ。
同氏は成功のコツとして、アプリの値段のバランスを考えることを挙げている。Dr.Seussシリーズは3.99ドルで提供されているが、安すぎても高いレーティングは得られず、高すぎてもダウンロード数に反映されにくいと指摘する。また、過去に同氏が開発していたゲームよりもMystが売れたことを挙げ、よりマスマーケットを狙ったアプリ展開を行っていくことを推奨している。自身がDr.Seussの内容を全部見ているわけではないことを明かしつつ、App Storeで受けるタイトルは「必ずしも自分がプレイするようなゲームでなくていい」と説明する。むしろ趣味に走るほうがターゲットを限定し、必ずしもビジネスにはつながらないということのようだ。
同社は複数の契約デベロッパーらと売上シェアの仕組みを構築しているが、これを成功させるためには、前述のような共通の実行エンジンといった仕組みをこまめにアップデートし、関係を維持していくことが重要だと語る。またPRを積極的に活用し、電子メールなどをうまく組み合わせてアプリをアピールしていくべきだとも付け加えている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.