MVNOが発行しているSIMカードが、実際にはキャリアが発行しているものだということは、以前にこの連載でもご紹介しました(→最近話題の「HLR/HSS」とは何なのか?)。 そして、今回紹介したMNPの手続きにまつわる各種のシステムも、キャリアが提供するものを使用しています。具体的には、MNPの転出入の手続きはキャリアの顧客管理システムを経由して実施しますし、SIMカードへの電話番号の書き込みも、キャリアから提供された機材を使用しています。このため、MVNOが独自の方式でMNPの転出入やSIMカードの開通を行おうと思っても、それは実現不可能でした。
前述の通り、KDDIの設備を利用したMVNOでは以前から対応していたことが、ドコモの設備を利用したMVNOではできなかったのは、それぞれの会社がMVNOに提供しているシステムの機能に差があったためです。MVNO側の努力ではこの差を埋めることができませんでした。
であれば、MVNOが独自にSIMカードを発行すれば良いのではないか、という議論もあります。確かに、MVNOが独自にSIMカードを発行し、それにまつわる種々のシステムを用意すれば、自由度が高まる可能性があります。しかし、上記の記事でも紹介した通り、独自のSIMカード発行につながるHLR/HSS開放についての交渉は始まったばかりですし、仮に開放が実現したとしても、それが直ちに利用者の利便性向上につながるとは限りません。
一方、独自のSIMカードを発行せずとも、キャリアが新規の機能をMVNOに提供することで、MVNOの利便性を高めるという方向もあります。実際、ドコモはMVNOからの要望を受けて、SIMカードへ電話番号を書き込む設備を簡略化したり、前述のような自宅で番号ポータビリティができる機能を追加提供してきました。
また、現在ドコモが提供するシステムはMVNOのシステムとの連携ができず、MVNOのオペレーターが手作業で全ての契約をドコモのシステムに打ち込む必要がありますが、今後はMVNOとのシステム連携を可能にし、自動化が行えるようにするという方針も発表されています。
最後にもう1つトリビアをご紹介します。
冒頭で、MNPはMVNOとキャリア、MVNO同士でも利用できると書きました。これは、MVNOと、MVNOに設備を提供しているキャリアの間でも利用できます。例えば、IIJmioはドコモから設備の提供を受けていますが、ドコモとIIJmioの間で相互にMNPの転出入が可能です。この場合、IIJmioはドコモの設備を使ってMNPを提供しますので、形式上「ドコモから転出して、ドコモに転入する」という少し奇妙な形になります。
また、MVNO同士のMNP転出入の場合は、以下の図に挙げた3つのパターンが考えられます。
(1)異なるキャリアから設備の提供を受けているMVNO間での転出入
(2)同じキャリアから設備の提供を受けているMVNO間での転出入
(3)同じMVNEから回線の提供を受けているMVNO間での転出入
(1)のパターンはそれぞれのキャリアが提供する設備を使ってのMNPとなります。
(2)のパターンでは、どちらのMVNOもドコモから設備の提供を受けているため、「ドコモから転出して、ドコモに転入する」パターンのMNPとなります。
この2つのパターンのMNPは以前から利用できました。
ところで、MVNOの中には自社で直接キャリアから設備を借りるのではなく、別のMVNO(MVNE)から回線の提供を受けてサービスしている事業者があります。図ではMVNO DとEが該当します。(3)のパターンのように、同一のMVNEから回線の提供を受けているMVNOの場合、キャリア(ドコモ)から見ると、どちらもMVNE(図ではMVNO A)の回線と見えてしまいます。そのため、従来のドコモのシステムではこのパターンのMNPの処理が行えないという制限がありました。この件についても、その後ドコモのシステムが改修され、現在は同じMVNEの設備を利用するMVNO間でもMNPを行うことが可能になっています。
MNPはもともと複数の事業者をまたいだ処理となるため複雑な部分があったのですが、さまざまな形態のMVNOが登場することで、今までにない処理が必要となっています。今後、MVNO自身がSIMカードを発行するようなことになると、さらに複雑な処理が必要になるかもしれません。
堂前清隆
株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ) 広報部 技術広報担当課長
「IIJmioの中の人」の1人として、IIJ公式技術ブログ「てくろぐ」の執筆や、イベント「IIJmio meeting」を開催しています。エンジニアとしてコンテナ型データセンターの開発やケータイサイトのシステム運用、スマホの挙動調査まで、インターネットのさまざまなことを手がけてきました。
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