連載
» 2009年09月03日 16時30分 UPDATE

矢野渉の「金属魂」Vol.5:光の行方に思いを寄せて――ミノルタ「TC-1」

PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第5回は旧ミノルタの「TC-1」だ。

[矢野渉(文と撮影),ITmedia]

親友のH君を夢中にさせた一眼レフカメラ

 「ミノルタで決まりさ」と、同級生のH君は得意顔で言った。

 「みんなブランドに惑わされてる」


 中学2年生の夏、1971年ごろだったと思う。H君は父親に一眼レフを買ってもらえることになり、ここのところ「アサヒカメラ」のレビューページを熟読する毎日だったのだ。100%理系の頭脳を持ったH君にとってはスペックやテストの数値が総ての判断材料であり、その中で群を抜いていたのがミノルタだったらしい。

 実機が見たいということで彼は僕を「日本カメラショー」に誘った。そのころのカメラショーは、全国の有名デパートを行脚するのが通例だったのだ。

 僕らは土曜の放課後にデパートに立ち寄り、最上階の催事場に向かった。カメラショーは予想どおり大盛況で、ニコン、キヤノンのブースは行列ができていた。今はなきペトリ、ミランダ、コーワなどのメーカーもまだ健在で、活気にあふれていた。

 H君はほかのメーカーには目もくれず、まっすぐにミノルタのブースに向かう。

「ほら、これがマルチコートだ」彼が僕に手渡したのはロッコール58ミリ f1.2。そのレンズの表面には、天井の蛍光灯が2重に映りこんでいた。グリーンとアンバーの蛍光灯がキラキラと交錯する。おお、これが日本初のマルチコートレンズか!

 20%ぐらい理系が入っている僕の頭にもこのレンズは素晴らしいと思えたが、小ぶりのパイナップルのようにヘリコイド部分が膨らんだこの異形のレンズは、お世辞にも格好いいとは言えなかった。

 「このSR-T101は……」と、H君がアサヒカメラの受け売りを始める。「今ある一眼レフの中で1番ミラーのサイズが大きい。だから超望遠を使ったときのミラー切れが少ないんだ」

 彼が超望遠レンズを使うことは未来永劫(えいごう)ないだろうなという予感がしたが、それを切り出すのはやめた。なにかに夢中になると他人の意見など聞かない性格はよく分かっていたし、そこが彼の魅力だったからだ。

 かなり小柄なH君が58ミリf1.2付きの、アルマイトの弁当箱のようなSRーT101を抱えている姿はいかにもバランスが悪く、少しこっけいささえ漂っていた。それに加えて彼が空シャッターを切るたびにバッション! というものすごいミラーの跳ね上げ音がする。周りの何人かが振り向くような音だ。ミラーが大きいからしかたがないのだろうが、もう少しどうにかできなかったのか、という音だった。

 ともあれ僕はこの時、H君をここまで夢中にさせるミノルタという会社に好感を持ったことは確かだ。ニコン、キヤノンの両巨頭に立ち向かう判官びいきという気持ちもあった。しかし本当のところは、理系で、真面目で、最先端技術が好きで、いつも突っ走ってしまい、最後はほんの少しだけポイントを外してしまう、愛すべき親友であるH君と、ミノルタという会社の存在を重ね合わせていたのかもしれない。

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写真が写真であり続けるために必要なものとは?

 そんなミノルタの「TC-1」である。発売は1996年だから、デジタルカメラがまだ黎明(れいめい)期のころだ。その後ミノルタはコニカと合併し、ちょうど10年後の2006年にカメラ事業から撤退する。その10年間、TC-1は「高級コンパクト銀塩カメラ」の頂点であり続けたカメラである。

 いつもは開発の最後のところでもう一押しが足りないミノルタが、このカメラに関しては全く妥協した節がない。それは、エンジニアが中心となって、発想の原点を、自分たちが最も得意とする「レンズ」に絞り込んだからだろう。

 このG-ロッコール28ミリ f3.5は、ミノルタにとっては宝物のようなレンズだ。1970年代にライカと提携して技術を磨き、その上で世に出したMロッコール28ミリ f2.8をベースにして、光学系をもう一度作り直している。前玉が凹(おう)レンズという意外性。それを覆うコーティング。ミノルタらしい薄いグリーンはH君と眺めた58ミリを思い出させる。

 このレンズを最も生かすためには? ……円形絞りだろう。シャシーはアルミダイキャストで決まりだ。……そうくれば外装はチタンだろう。そんなふうにスムーズに決まっていったことは想像に難くない。このカメラにはエンジニアたちの、レンズに対する愛情と自信が感じられるのだ。

 デジタルの時代になっても、この風土は引き継がれていたと思う。例えばミノルタには「DiMAGE 7」という製品があった。このカメラで撮影した写真は、PCの画面上で引き伸ばすと粒子がガサガサしているのだが、全体を眺めるとカッチリとしたいい絵になっている。なんとも不思議なカメラだった。銀塩並みの階調が出るのでプロでも常用している人がいたぐらいだ。

 おそらくこのDiMAGE 7は、レンズ設計の質の高さだけで絵を作っていたのではないかと僕は思っている。


 先日、デジカメの「映像エンジン」を専門に開発している会社に行く機会があった。中の人たちと話をしていて感じたのは、残念ながら「光学系の軽視」だった。

 ここ数年、デジカメに使われる映像エンジンの進歩には目覚しいものがある。1秒間に30コマの写真を撮影しても余裕で処理できるし、カメラ内でデータにさまざなエフェクトをかけることさえ可能になった。

 こうなるとレンズを作るときの基本である球面収差、ディストーション(歪曲収差)、周辺光量の低下などをなくそうとする方向性の設計は、全く意味を成さなくなってしまうのだ。高性能の高価なレンズを作るよりも、ほどほどのレンズで安くあげ、収差などはカメラ内の映像エンジンに補正させたほうが現実的だろう。

 「まあ、何かしら光がCMOSに届いてくれればいいんですよ。あとは映像エンジンが描いてくれますから」

 返す言葉がなかった。最近発売されるデジカメの「レンズセット」として発表されるレンズがやけにチープなのはそういうことだったのか。

 ミノルタがカメラから撤退したのも、もしかしたら映像エンジンが幅を利かす時代に絶望してしまったからかもしれない。自分たちが自信を持っていた「光学系の技術」が軽視されたら、エンジニアとしてはかなりつらいことだろう。

 僕らは、写真とは「光と影とその濃淡」と教えられ、それを信じて生きてきた。だから、光を正確に撮像面まで届けてくれるレンズを見つけると、長く使い込んだものだ。言ってみれば、レンズとの信頼関係を築いて、その上で写真を撮っていたのである。

 撮像面に届いた光が、映像エンジンに書かれたプログラムによって自動的に加工されるのであれば、それはある一線を越えたときに「写真」とは別なものになってしまう、と僕は思っている。

 それに歯止めをかけられるのは唯一「レンズ」だけだろう。全く補正を必要としないレンズができれば、映像エンジンが介入する余地がなくなる。

 もう一度、どこかのメーカーに、このG-ロッコールのようなレンズを作ってほしいのだ。写真が写真であり続けるために。

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