ヤンゴン市内の繁華街にはプリペイドSIMカードを売る屋台が多く、わずか1年前まではSIMカードの入手に苦労していた国とは思えない状況になっている。もちろん外国人であろうとも屋台でプリペイドSIMは購入できる。本来は身分登録が必要なようだが、代理店から大量に仕入れたSIMを各業者が勝手に転売しているのが実情だ。
プリペイドSIMカードの本来の価格は1500チャット。それを屋台では5000チャット前後で販売している。中間業者の存在もあるかもしれないが、客はひっきりなしに来ており、SIMカード屋台はなかなか儲かるビジネスになっているようだ。
この状況も、やはり3社が競争を始めた2014年夏以降のことであるらしい。では3社の競争で市場はどう変わり始めているのだろうか? 長島氏によると、まず「携帯電話普及率は人口比率で20〜25%に高まったのではないか」と話す。とはいえ「1人で各社のSIMカードを買い、1人で2回線、3回線持ちも多い。今は自由に購入できるようになったことから、お試しで買って使い始めている消費者も多いようだ」(同氏)とのことである。
また、新規参入のオーレドーとテレノールが半額以下の通話料など、低料金攻勢をかけており、市場は大いに盛り上がっている。とはいえ「MPTもそこに加わり、消費者の目が料金だけに向いてしまうと健全な競争環境が作れなくなってしまう。今後は料金以外の付加価値での勝負も必要になる」(長島氏)と、各社は早くも次のステージでの競争方法を模索しているようだ。
ちなみに、SIMカードは各社が毎月100万枚単位で発行しているという。MPTはヤンゴンの中央郵便局に直営店をオープンし、9時30分から営業を行っている。ところが「朝7時30分ごろから人々が集まり始め、8時には数百人以上に膨れ上がり、開店と同時に当日の販売枚数があっという間に完売、全員が買えない状況が連日続いている」(長島氏)。そのため、SIMカード屋台には常に人だかりができているわけである。
自由にSIMカードが入手できるようになり、しかも市場にはスマートフォン販売店があふれかえっている。こうしてミャンマーでは携帯電話普及率、そしてスマートフォン普及率が急激に高まっているのである。
老若男女、だれもがスマートフォンを手にするヤンゴン市内の光景は、まるで日本の街中の人々の姿と変わらないようにも見える。だが実際に市内でスマートフォンを使ってみると、通信回線の品質はまだまだ貧弱だ。繁華街でも商店などの建屋内に入ると無電波状態になることもあるし、観光地としても有名な巨大寺院、シュエダゴン・パゴダの周辺でも3Gではなく2Gに電波が落ちることもある。また3G回線も下りはそこそこ出るものの、上りが遅く、ソーシャルサービスに写真をアップロードできないこともあった。
それでもヤンゴンの人たちは片時もスマートフォンを手放さない。客がいない暇な時間に屋台の店番のおばちゃんが録画された映画を見ていることもある。大画面でタッチ操作ができるスマートフォンは安物のフィーチャーフォンよりも使いやすく、テレビやラジオ代わりのメディアプレーヤーとしても使われているのだ。
また、カフェでは若者たちが一生懸命に文字を打ってコミュニケーションを取っている。よく使われているのはSMSだが、Facebookなどのソーシャルサービスを使っている人も多い。通信回線が貧弱な中で、彼ら・彼女らはどのようにスマートフォンを活用しているのだろう。
長島氏によると「スマートフォンでもSMSの利用はまだまだ多い」とのことだ。特に電話代よりもSMSの送信料が安いため「SMSで用件を送信してから、電話をかけて素早く確認だけする」という使い方も多いとのこと。タクシーに乗った時も確かに運転手が信号待ちの間にSMSを送信し、その後15秒くらい通話をしてまたSMSを打つ、という光景を何度も見かけた。同じことはフィーチャーフォンでもできるが、SMSのやり取りがスレッドとして見やすいスマートフォンの方が、より使い勝手がよいわけだ。そしてソーシャルサービスやメッセンジャーの利用も多く「ViberやFacebookの利用者も増えている」(同氏)とのこと。
貧弱なデータ回線については、「街中に飛んでいる無料Wi-Fiを探してつないだり、あるいはパスワードが必要なところでも、それを関係者から入手して使う人もいるようだ」(長島氏)とのこと。3Gが遅いときは付近のWi-Fiを探してスマートフォンを使いこなしているわけだ。ならばSMSの方がリアルタイムコミュニケーションとして便利にも思えるが、ミャンマーでも、若い世代を中心に自分たちの近況やセルフィーを送り合えるソーシャルサービスが人気なのだ。
今回ヤンゴンを訪問して肌で感じたのは、まさしくここは「アジア最後のフロンティア」であるということだ。人々がSIMカードを自由に買えるようになっただけではなく、スマートフォンの普及がゼロからいきなり始まっている状況は、ほかのアジア諸国では全く見られない。しかもこれ1台でコミュニケーションの道具になるだけではなく、カメラやテレビにもなるスマートフォンは、ミャンマーの人々の生活を急激に豊かにするものになっている。共同事業という形で参入したKDDIの狙いも、これから急激に発展するミャンマー市場に大きな可能性を見出したからだ。
とはいえ、あらゆるインフラ整備が遅れているミャンマーでの事業展開はKDDIにとっても経験のないものであり、苦労も多いそうだ。例えば「最初に行ったのは、まずは通信品質を改善するために、基地局のアンテナ角度を変更するなど、基本的なことから手を付けていった」(長島氏)。それまでは街中にアンテナを立ててインフラ整備は終了、その後のメンテなどは実質行われていなかったような状況だったのだ。「ヤンゴン、ネピドー、マンダレーの3大都市圏ではネットワーク設備の調整も終わり、第1段階の整備状況が終わったといえる状況。今後は地方都市にも手を付けるなど、第2弾、第3弾の整備も行っていく」(同氏)とのことで、通信品質も急速に改善される予定だ。
また「ミャンマーの国土は日本の1.7倍から1.8倍の広さで、5年以内に70%以上をカバーすることが求められている。つまり単純に計算すると、5年以内に日本の面積以上の広さをカバーしなくてはならない」「そのため投資効率も悪いが、まず物理的な面積をカバーすることが求められている」「通信速度の高速化やデータ料金の定額化なども、まずはそれらを完了してからになるだろう」(長島氏)と、まさしくゼロから事業を始めている状況でもある。
「ここ(ミャンマー)へ来る前はある程度のことを覚悟はしていたが、実際に来てみるとかなり大変。しかしやりがいは十分にある」と長島氏が語るように、通信事情だけではなく社会インフラ全体が整備されていないので、日々の業務も一筋縄では進まないことも多いそうだ。郵便事情が悪く、関連省庁への書類をヤンゴンから首都ネピドーへ送っても未配送になることもある。そのため直接出向くことも多いが、国内線は1日数本のみ、車の場合はコンクリートむき出しの道路で往復10時間かかる。停電もまだ多く、ヤンゴン市内は屋外に多数の発電機が並ぶ。これはもちろんそれぞれの建屋が停電に備えて独自に設置しているものだ。
このようにあらゆるインフラが整っていない現状からすると、日本の最新サービスや技術をミャンマーで展開するには、まだしばらく時間がかかりそうである。OTT系のサービスやモバイルマネートランスファー、音楽や映像配信などもKDDI側はノウハウを持っているが、まずはそれを動かすためのネットワークをきちんと整備していくことが最優先なのである。
その一方で、すぐにでも日本風の考えを導入できる部分もあるという。「ミャンマーでは一般的にカスタマーサービスやカスタマーケアという考え方が少なく、顧客ではなく提供する企業側の都合で全てが決められることが多い。料金の支払いも口座振替はなく、窓口支払いの場合も開いている時間が短く、未払い時は催促を1回行っただけで即サービスが停止されることもある」(長島氏)というほど。「日本企業なら当たり前に考えている『顧客第一』。これを行うだけでもサービス向上につながり、顧客満足度もすぐに上げることができるはず」(同氏)。すなわちハードよりも、まずはソフトの部分だけでも日本がミャンマーの市場に貢献できる部分は多い。
「日本は1985年に通信が自由化された。ミャンマーも今から10年もすれば、今の日本の水準に十分追いつくのではないだろうか」「国としての経済発展はようやく始まったばかり。日本企業としてその発展に貢献できるような仕事をしていきたい」(長島氏)。市場開放と外資参入が始まったばかりのミャンマー。今後の市場の成長に大きな期待が持てそうである。
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