ぼくらは“未完成”の「iPad」に期待しすぎていたのだろうか:Appleイベント現地リポートまとめ(後編)(1/2 ページ)

» 2010年02月01日 17時56分 公開
[鈴木淳也(Junya Suzuki),ITmedia]

iPadはよくできた優秀なデバイスか? あるいは未完の大器のままで終わる製品か?

 iPadの正式発表後、さまざまなメディアの報道やコラム、ブログなどでこの注目の新デバイスの感想や意見が書かれてきた。ITmediaでもすでに「iPadから夢想する“次期iPhone”の姿」や、「iPadは“でかいiPod touch”なのか、あるいは……」といったコラムを掲載している。後編では少しビジネス的視点から話を進めてみよう(前編:iPadは本当に“安い”のか?――Appleスペシャルイベントを振り返る)。


Appleは果たして出版業界や街の書店の救世主になるのか?

 前編では値段の妥当性や製品の完成度について言及したが、どの部分を切り出すかで製品の完成度の見方が変わり、その評価も大きく変化するだろう。これまで紹介してきた動画を見ても分かるように、iPadの非常にスムーズでストレスないのUIは、ハードウェアと内蔵ソフトウェアともに完成度の高さを示している。iTunes StoreやApp Storeの既存資産もあり、iPod touchの上位互換デバイスとしてみたiPadはかなり優秀な製品だ。

 だが一方で、期待されていたiBookstoreについての概要は現時点でほとんど不明であり、当初うたわれていたほどの「業界の救世主」といった面影はほとんど感じられない。デモも時間の大部分は基本機能やApp Storeの互換性、アプリのiPad対応のメリットを語るのみで、iBookstoreなど周辺サービスの整備状況や、iPadの具体的な利用シーンについての説明は少ない。こうした点を見ると非常に未完成なデバイスだと感じる。

 EPUB形式をサポートするとは伝えられているものの、DRMの状況やパートナー各社の対応、肝心の価格については不明で、元麻布氏がコラムで指摘するようにコンテンツ部分の透明性確保がなにより急務だと考えられる。利用シーンがいま1つアピールできていないのもユーザーが評価に迷う原因となっており、「でかいiPod touch」というコメントが出てくる結果となる。

コンテンツ流通における問題

スペシャルイベントの冒頭で紹介された2009年12月にオープンしたばかりの第2のニューヨーク店を訪れるべく、スペシャルイベントが終わった夜にニューヨークへと飛んだ……まではよかったのだが、地下鉄駅を抜けるとそこは猛吹雪だった(笑)

 今回、ジョブズ氏がプレゼンテーションで紹介した新しいApple Storeと、電子書籍サービスのリサーチを兼ねて、スペシャルイベントが終わった直後に空港へと移動し、その足でそのままニューヨークへと飛んでみた。

 空港から吹雪に見舞われたニューヨークまでの過程で見たのは、多くのKindleユーザーだ。西海岸ではあまり見かけないKindleだが、片道6時間以上の長い旅のお供や、電車移動が中心のニューヨーク周辺では必然的に見かける機会が多い。本好きに電子書籍は潜在的需要が大きいことが分かる。

 また、ニューヨークには多くの大手出版社や新聞社が集まっている。タイムズスクエアからものの10分や15分もしない距離の一等地に、名だたる出版社らの巨大ビルが林立している。広告収入と発行部数の減少で苦境に立つ出版業界が、新たな収益源を探すのも必然といえる。

タイムズスクエアからブロードウェイを北上してようやく目的の新店舗に到着。全面ガラス張りは第1の基幹店に確かに似ている。違いは圧倒的に広い空間と、第1店舗が地下1階のみの構造だったのに対して地上1階・地下1階の2階層構造になっていること(写真=左/中央)。こちらが5番街にある第1のニューヨーク基幹店。キューブ型のガラス建造物の下には、思った以上に広い地下空間が広がっている。iPhone行列でもおなじみの場所だ。ちなみに建物の向かいには、「プラザ合意」で有名なPlaza Hotelが鎮座している(写真=右)

 こうした大手出版社や新聞社らがAppleとの提携に積極的だった理由の1つが、電子ブック市場でのAmazon.comのシェアの大きさと価格決定力だ。市場シェア6割以上と2位のソニーを倍近い規模で引き離し、新刊であっても1冊9.99ドルというKindleルールを決めたのはAmazon.comだ。他社は事実上これに対抗する術を持ち合わせておらず、Amazon.comに対抗するためには「ある程度以上のヒットが見込まれる製品を開発しているAppleと組むのがベター」という判断が元だろう。

 しかし、スペシャルイベント時点で発表されたiBookstoreの提携パートナーは5社のみで、内容もいわゆる書籍モノが中心だとみられる。自ら雑誌配信を模索していたTime Inc.やConde Nast、Hearstなどの名前は挙がっていない。この配信システムでは、各社の雑誌はサブスクリプションまたは売り切り型の従量課金が検討されている。AppleのiPadは、こうしたシステムのオプションの1つとして扱われ、Webでの記事の無料公開による売上低迷に苦しむ出版社を救うものとみられていた。だが、現時点でiBookstoreにここまで込み入った話があるようには思えない。

 販売されるiBooksの単価や、課金方法も課題だ。まず単価については面白い話がある。Los Angeles Timesがブログの中で、Apple CEOのスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)氏がプレゼンテーション終了後の記者らの質問に答えたコメントに触れている。インタビューを行っているのはWall Street Journalのデジタル技術コラムでもおなじみのウォルト・モスバーグ(Walt Mossberg)氏で、その内容は、同じくWSJ内のAll Things Digitalのコラムニストであるカーラ・スウィシャー(Kara Swisher)氏が、自身のブログ「BoomTown」内にビデオとして掲載している。

 ジョブズ氏はモスバーグ氏による電子書籍分野への取り組みについての質問で「出版社らは本心ではAmazonから手を引きたがっている。なぜなら、彼らの関係は幸せではないからだ」と答えており、価格について聞かれると「同じになるだろう」とコメントしている。

米誌Timeを発行するTime Inc.のTime & Lifeビル(写真=左)。Googleとの決別宣言で有名なNews Corp.の本社ビル。後述のHarperCollins Publishersの親会社でもある(写真=右)

 当初のリーク情報では9.99ドルという価格設定に不満を持つ出版社らに対し、Appleは9.99ドルだけでなく、12.99ドルや14.99ドルといった価格オプションも用意し、より広い選択肢を提案していたと言われるが、もしジョブズ氏のコメントが書籍単価を指すのであれば、9.99ドルで横並びということになる。これでどのようにAmazon.comと差別化を行い、出版社らを納得させられる交渉を持っているのか不明だが、電子書籍市場について強気の見通しを持っていることは確かなようだ。

 ひとまず単価の話は置いておくとして、iBookstoreもまたiTunes Storeと同様に、DRMを利用して1冊売り切り型のビジネスを展開するつもりなのだろうか。課金システム自体はすでにAppleが長年運用しているものなので問題ないとして、サブスクリプション形態の課金方法がいまのところAppleに存在しないことと、仮にサブスクリプションがあったとしてどのようにデータ更新を行うかが問題となる。

 例えば、雑誌社や新聞社にとってみればサブスクリプションのほうが安定した収入になるし、定期的に記事を更新できるシステムは、日々ニュースを配信する新聞で特に有効だ。事実、Kindleではサブスクリプションを導入し、Whispernetと呼ばれるネットワーク配信システムを使って、記事をつねに最新の状態に保つことが可能だ。

 一方、iPadはネットワーク接続機能を持つとはいえ、データは基本的にMacまたはPC側でストアすることが前提のため、プッシュ配信で強制的に書き換えるようなシステムには向かない可能性がある。Kindleの電子ブックの実体はオンライン側にあり、Kindleデバイスはあくまでオフラインリーダー的なものだからだ。

全米書店チェーンのBarnes & Nobleでは、Androidをベースにした専用の電子ブック端末「nook」の店頭販売を行っている……はずなのだが、相変わらず品切れ状態のようで、店員によれば「来月のいつか」に入荷する予定だという。超人気なのか単に製造が追いついていないのか真相は不明。nookの特徴はメインのE-Inkディスプレイと、下部にタッチ式カラースクリーンの2種類を搭載していること。カラースクリーン側はバーチャルキーボードにもなり、その部分がKindleとの差別化になっている

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