Appleは革新的で創造性にあふれる企業だが、一方で、「変えなくていいことは、いたずらに変えない」という現実主義的な思想を持つ。それを体現しているのが、同社のPCであるMacシリーズのOS体系だ。
MacOSと便宜的に呼ばれてきたそれは、基本的なUIデザインについては1984年までさかのぼることができる。約30年前に登場した「System 1」を見ても、それが“AppleのMacOS”であることは誰でも分かるはずだ。2001年にはOSの構造が抜本的に変わって「OS X」になったが、基本的なルック&フィールは連綿と続くMacOSのままだった。他社のOSが安易に目新しさを演出しようとし、UIデザインを二転三転させてユーザーを混乱と叫喚のるつぼに投げ込むのとは対照的だ。
しかし、MacOSが進化していないわけではない。
基本的なUIデザインは高い完成度を維持しながら、スマートフォン台頭後のポストPC時代に向けて洗練と熟成の度合いを増している。特に2010年のOS X 10.7 Lionからは「iPhone/iPadからのフィードバック」を受けて、最新のトレンドを上手にMacOSに取り入れるようになった。
そして2016年。
6月13日に開催されたApple World Wide Developers Conference(WWDC)において、Mac用OSの最新版「macOS Sierra」が発表された。既報の通り、これは名称に再びmacのブランドが付き、他方でiOSとの親和性がさらに高くなったものだ。
筆者はこのmacOS Sierraの開発者向けプレビュー版をいち早く試す機会を得た。iPhone/iPadの爆発的な成功以降、ポストPC時代としてPCのあり方が問われる中で、macOS Sierraはどのような進化をしようとしているのか。それについて考えてみたい。
まず読者の皆さんにおわびしなければならないことがある。それは今回、試用したmacOSが開発者向けの「デベロッパープレビュー版」であり、iOS 10やWatch OS3、iCloudの新サービスと連携する機能が試せなかったことだ。macOS Sierraでは、Apple WatchでMacのロックを解除できる「Auto Unlock」や、iPhoneやiPadとクリップボードの内容が共有できる「Universal Clipboard」などが目玉機能として用意されているが、それらは今回は体験できていない。そのため、あくまで今回のインプレッションはmacOS Sierraの“はしり”の部分だけのレポートになることを断っておきたい。
それではmacOS Sierraに触れてみよう。
Macを起動して最初に表示されるのは、現行のOS Xで見慣れたデスクトップ。西海岸から届く、いつものデザインだ。Macユーザーにとって新鮮味がないことが成功の証なのだが、よくよく目をこらすと、メニューバーの右隅とDockの中にカラフルなアイコンが1つ追加されている。Siriである。
周知の通り、SiriはiOSでおなじみの音声コンシェルジュサービス。まるで人と会話をするようにSiriに話しかけると、電話をかけたり、Webを検索したりと、いろいろな作業をしてくれる。iPhoneやiPad、Apple TVなどに広く搭載されているので、既にSiriを使いこなしている読者も多いことだろう。
macOS SierraではこのSiriを標準搭載しており、Macを利用中であれば、DockやメニューバーのSiriアイコンをクリックしたり、[fn + スペース]キーを押すことですぐに呼び出せる。iPhoneのように声で呼びかければすぐに起動する「Hey Siri」には対応していないが、メニューバーやキーボードショートカットを使えばすぐに呼び出せるので、実用上の不便さはない。
そしてSiriが提供してくれる機能・サービスは多岐にわたる。Macに保存された写真や各種データファイルの検索はもちろん、Webサイトや地図を使った施設検索、天気や株価のチェック、TwitterやFacebookへの投稿など、声で指示するだけでサッとやってくれる。
例えば、データファイルの検索では「先週、Keynoteで作成したプレゼンテーションファイルを表示して」と言えば、その条件に合ったものだけが絞り込まれる。今のところApple製のアプリしか的確に選別できてないようだが、今後、WordやPowerPointなどMicrosoft Officeの各アプリでもSiriによる検索ができるようになったら、とても便利そうだ。
ユニークだったのが写真の検索だ。
写真は日時や撮影場所、顔を登録した人の名前などで探すことができるのはもちろん、画像認識で背景や映っているもので検索・絞り込みをすることができる。例えば「ワインの写真を表示して」と言うと、ワインボトルやワイングラスが映っている写真だけが選別されるといった具合だ。今回、筆者が試したのはデベロッパープレビュー版だったため、きちんと画像認識ができている写真は少なかったが、今後、精度が上がってきたら、筆者のように写真の整理が苦手なずぼら人間には重宝しそうである。
また実際に使ってみると、かなり使い勝手がよいのが地図アプリとの連携である。macOS SierraではMacの位置情報を常に把握しており、これと地図アプリの情報を連携して、近くのレストランや施設を探せるようになっている。また一部の店舗では取扱商品の情報も検索対象になっており、「近くでトイレットペーパーが買えるお店を教えて」といった質問にも的確に答えてくれる。そこで表示された店舗リストから店舗を選択すれば、地図アプリに移行し、目的地までのルートも表示してくれるというものだ。この機能は既にiOSでも実装されているが、画面の広いMacでも同様の機能が使えるのは重宝する。
macOS SierraでSiriを使っていくと、この機能を単独で使うよりも、他のアプリで作業中に使うとより便利であることに気付く。Pagesでレポートを書いているときにWebから関連する統計データを探す、Keynoteでプレゼンテーション資料を作っているときに画像検索で引用するグラフや写真を見つけ出す、といった使い方だ。これまでいちいちSafariを起動してGoogleで検索する、といったことがSiriに命令するだけでできてしまうので、作業に集中したい時ほど便利である。
他にも、Siriを使えば、声だけでメールやメッセージのアプリで連絡を取り合ったり、Facebookにメッセージを投稿するといったことができる。専用のアプリを起動したり、切り替えをしなくて済むのは便利だろう。
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