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» 2010年07月05日 11時00分 UPDATE

神尾寿のMobile+Views:携帯端末向けマルチメディア放送はどうなるか――“北米MediaFLOの今”から考える (1/2)

6月25日に総務省の公開説明会も実施され、今まさにその未来が議論されている携帯端末向けマルチメディア放送。米国で見たMediaFLOの今から、携帯端末向けマルチメディア放送がどうあるべきか、そうしてどうなっていくのかを考察する。

[神尾寿,ITmedia]

 2010年代のモバイル市場は、ケータイやスマートフォンだけでなく、さまざまな情報端末がコミュニケーションやデジタルコンテンツを扱う「多様化の時代」を迎える。Appleの「iPad」のような新たなマルチメディア端末やAmazonの「Kindle」に代表される電子書籍端末、携帯ゲーム機やデジタル家電、カーナビゲーションやデジタルサイネージ。こうした“ケータイ以外”のデジタル機器が今後10年で続々とオンライン化され、そこに向けたコンテンツ配信の需要とビジネスは拡大するだろう。

 このような時代の変化において、注目度が高くなっているのが、携帯端末向けマルチメディア放送(モバイルマルチメディア放送)である。これは2011年に停波するアナログテレビのVHF帯(207.5MHz〜222MHzの14.5MHz)を用いて提供する新しい放送サービスであり、日本では「MediaFLO」規格を推進するメディアフロージャパン企画(KDDIとクアルコムジャパンが共同設立)と、「ISDB-Tmm」規格を推進するマルチメディア放送(NTTドコモやフジテレビらが設立)が、商用サービスの提供へ向けて準備を進めてきた。

 モバイル通信という観点では、2010年代は3Gの持続的進化に加えて「LTE」や「モバイルWiMAX」など次世代技術への移行が行われて通信容量は増大する。これら通信インフラは双方向性のあるコンテンツ配信に向いており、引き続きインターネット上のビジネスやサービスを支える柱で在り続ける。しかし、その一方で、さまざまなデジタル機器に安価かつ同時にコンテンツを配信するのならば、放送型のモバイルコンテンツ配信インフラの方が効率が高い。例えば、iPad向けに始まった「ビューン」のようなサービスは、通信インフラよりもむしろ放送型インフラでコンテンツを配信し、通信は補完的に使うといったサービス形態の方が適しているのだ。

 このように2010年代のモバイルコンテンツ市場を考える上で重要な「携帯端末向けマルチメディア放送」の受託放送事業者を選定する審査が、今まさに総務省において行われている。既報のとおり、6月25日には総務省で公開説明会が実施され、選定作業はいよいよ大詰めだ。

 筆者はこのモバイルマルチメディア放送について、これまでMediaFLO方式で一足早く商用化された米国や、島根県や沖縄県で実施された実証実験を取材してきた。

 まさに佳境を迎える日本のモバイルマルチメディア放送はどうなるのか。商用化から3年が経過したアメリカにおけるMediaFLOの最新状況をリポートしながら、それらを考えてみたい。

立ち上げ期から発展拡大期に入ったMediaFLO

 日本での携帯端末向けマルチメディア放送について考える前に、MediaFLO方式での商用化開始から3年が経過した米国の現状について見てみよう。

 米国でMediaFLOの商用サービス「FLO TV」が始まったのは2007年のこと。当初はVerizon WirelessがV CASTMobile TVという名称でサービスを開始し、その後の2008年からAT&TもAT&T Mobile TVとしてサービスをスタートしている。サービスエリア拡大も順調に進み、現在では全米112都市をカバーし、米国人口のおよそ3分の2に相当する2億人が視聴可能になっている。今は通信大手2キャリアからのサービス提供と全米でのエリア拡大を一段落させて、会員増と新たなサービス対応に取り組んでいるところだという。

PhotoPhotoPhoto 日本より一足早くMediaFLOを商用化していた米国。サービス立ち上げ期のエリア構築では苦労もあったが、当初からクルマでの高速移動や屋内エリアの充実といったケータイ型のエリア設計を行っていたという。写真は2007年撮影のもの

 会員増に向けては、大きく2つのアプローチを取っている。

Photo Qualcomm Business Development Directorのアリ・ザミリ氏

 1つは端末ラインアップの拡大だ。米国におけるMediaFLOは当初、日本のワンセグケータイのような「携帯電話内蔵型」から始まった。しかし現在では、スマートフォンや専用ポータブルTV、車載TVといった端末の多様化が始まっており、今秋までにはiPhone用の外付け受信機と専用アプリも発売されるという。また試作機の段階では、iPad向けの専用小型受信機とiPadアプリも開発ずみ。これを使えば、iPadでMediaFLOのストリーミング放送やHD画質による蓄積型放送(クリップキャスト)、データキャストによる電子書籍の配信などが利用できる。

 MediaFLO端末の販売もすでに普及フェーズに入っている。例えば筆者は今回の米国取材の際、ロサンゼルス国際空港にて乗り継ぎをしたのだが、そこに設置されていたBest Buyの自動販売機ではFLO TVの専用ポータブル受信機「PTV」が販売されていた。これを買ってユーザー登録すれば、すぐにMediaFLOが見られるのだ。また、クルマ向けのMediaFLO端末市場にも注目が集まっており、クライスラーがディーラーオプションとしてMediaFLO車載器の販売を開始しているほか、「トヨタ自動車が(公道での)MediaFLO受信に関する実験に参加するなど、自動車メーカーやカー用品メーカーからの注目度は高い」(Qualcomm Business Development Directorのアリ・ザミリ氏)という。

PhotoPhoto ロサンゼルス国際空港で見かけたBest Buyの自販機では、様々なデジタルガジェットと並んでMediaFLO受信専用の「PTV」が売られていた。北米における端末の多様化と普及は順調に進んでいるようだ。

 2つめの取り組みはコンテンツの拡充だ。FLO TVではサッカーのワールドカップ全試合を中継しているが、これにより会員の視聴時間が平均1日30分から2時間程度まで延び、新規会員の獲得にも貢献したという。

 「モバイル環境で、いつでもどこでも試合中継が見られる。そういったFLO TVのよさが、ワールドカップでうまく伝えられた。ブログやSNSでの(MediaFLOの)評判も上がっており、認知度向上にも大きく貢献しました」(ザミリ氏)

 このように米国のMediaFLOサービスは、エリア拡大期から普及期に踏み出したところだが、一方で、実施されているサービスが「多チャンネル ストリーミング放送」のみに留まるという課題もある。MediaFLOの強みはクリップキャストやIPデータキャストといった“データ系サービス”との相性のよさにあるが、それらが始まるのは今年後半からだ。

 「クリップキャストの投入が遅くなったのは技術的な問題ではなく、パートナーも含めてビジネス上の準備が必要だったため。今後は積極的に力を入れていき、コンテンツプロバイダーの育成・支援にも注力したい」(ザミリ氏)

 その取り組みの第1弾として、Qualcommは「FLO Developer Challenge」というコンテストを実施。MediaFLOのデータキャスト機能を用いたBREW Mobile Platform(BMP)およびAndroid向けのアプリやサービスを評価し、優れたものには賞金を出すという。

「ネットワーク品質」がサービス成功の鍵を握る

 携帯端末向けマルチメディア放送の商用化では、日本より先んじた米国のMedia FLO。ここでの経験からQualcommでは、「ケータイやスマートフォンなどモバイル端末にサービスを提供する上では、高いネットワーク品質の実現が普及と成功の大前提になる」(ザミリ氏)ことを学んだという。とりわけ重要なのは、インドア(屋内)エリアの充実だ。

 「米国のFLO TVでは『2枚の壁を挟んでも受信できる』程度のインドアカバレッジを基本としてエリア設計しています。アメリカと日本では送信局の高さや電波出力の規制条件が違うので一概に比較できませんが、重要なのは、屋内で小型のモバイル端末できちんと受信するためのノウハウは、屋外に受信アンテナを設置できる従来の放送(テレビ)とはまったく違うということ。ケータイやスマートフォンで培われたモバイル通信の技術とノウハウが重要になります。その上で、きちんとした数で携帯端末向けマルチメディア放送のネットワークを構築しないと、インドアや高速移動時の品質が悪くなる」(ザミリ氏)

 モバイル端末で、屋内や移動中にもきちんと受信できないと、ユーザーのサービス品質への不満が高まり、その上でのコンテンツ配信や新サービスの普及・成功がおぼつかなくなる。Qualcommではアメリカでの商用経験を背景に、KDDIと共同で取り組む日本のMediaFLO実証実験に参加。その結果として、総務省に申請した基地局数(全865局)になったという。

 「有料のサービスである限り、どこでもきちんと視聴できることが当然。これまでの経験上、これは非常に重要で、日本においては865局(mmbi側は125局)の送信局が必要と判断しました」(ザミリ氏)

 実際に筆者も今回の米国滞在中にPTVを用いてMediaFLOの受信状況を試したが、屋外はもちろん、屋内でもしっかり受信しており、クルマなどでの高速移動中にもクオリティの高い受信ができていた。平地が多い米国と、海と山に囲まれた日本ではフィールド環境そのものが異なるが、「商用サービス」で実績を積んだことは、MediaFLO陣営の大きな資産になっているようだ。

PhotoPhotoPhoto 今年2月には沖縄で、マスコミ関係者向けに大規模フィールドテストの模様が公開された。これにより日本で商用化されるVHF帯でも市販の携帯電話サイズに内蔵可能であることや、高速道路走行中や屋内でのエリア品質の高さ、着うたフルや電子書籍ビジネスとの連携性の高さなどが証明された。ギャップフィラー(中継局)の運用や混信抑制制御など「大規模な実地テストで初めて分かった課題や解決法も多かった」(メディアフロージャパン企画)という。この実験にはトヨタ自動車も参加し、自動車業界からも注目された
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