絶望視された「アキバ歩行者天国」復活の裏側2010年アキバまとめ(ホコ天編)(2/4 ページ)

» 2011年01月06日 12時00分 公開
[古田雄介,ITmedia]

アキバをよくするために、徹底的に話し合うべし!

秋葉原無差別殺傷事件直後の事件現場付近。花束を備える仮設の祭壇が設置されていた

 歩行者天国の中止から復活までの経緯は、千代田区の佐藤氏が詳しく説明してくれた。佐藤氏は千代田区とアキバTMOの両方の立場で、まずは無差別殺傷事件直前の時期から語った。「2007年ごろから急に歩行者天国の雰囲気がおかしくなっていきまして。パフォーマンスやダンスもそうですが、2008年にはエアガンを乱射したり、変なアイドルが撮影会をしたりと、問題が大きくなっていました。それで、当時から警察や街の人と話し合いを頻繁に行うようになって、2008年5月から地域の方と一緒に防犯パトロールを実施するようになったんです。もう、当時は普通に歩行者天国を通行するのも難しいといったことがよくありましたから」。

 防犯パトロールではパフォーマーや路上販売業者に注意を促すといった活動が主だったが、確かな効果があり、中央通りに一定の秩序が回復したことから、5月後半には車椅子でアキバを回遊する人も増えてきたという。

 その矢先の2008年6月8日、メンバーが集まっていつものように防犯パトロールを始めようとしたとき、“あの事件”が起きた。佐藤氏は「効果が表に出てきて、今後も続けていこうと話し合っていたときに起きてしまって。地域が受けたダメージは計り知れないものがありました。でも、そのまま悲観していても何も解決しないので、ダメージを回復するべく、まもなく『まちの魅力向上に向けた道路等の公共空間活用検討会』というものを設置しました」と振り返る。

 検討会には、防犯パトロールに携わっていた電気街や商店街だけでなく、防犯協会や専門の学識経験者、再開発エリアの事業者やJR秋葉原駅の駅長氏にも参加を呼びかけた。そこで最初に方々の立場から街の現状把握を行い、地域の安全性と魅力を向上させる現実的なアイデアを出していったという。そのアイデアの中には、賛否両論を生んだ防犯カメラの設置も含まれる。「防犯カメラをつけたからといって安心とはいえませんが、抑止力という点では意味があると考えました」という。

 そして、アイデアの実行部隊として、2009年6月に地域連携部会「アキバ21」を組織した。防犯パトロールの実施や防犯カメラの設置と管理、さらには回遊者アンケートといった直接的な作業を担当する団体として、現在も精力的に活動している。また、2010年4月末には、街の人間が街を守るという考えから、自主ルールとして「秋葉原協定」と策定し、協力する各社各店の意思統一も強めていった。

殺傷事件直後の秋葉原駅前には、歩行者天国を当面の間中止すると書かれた警察の立て看板が置かれていた(写真=左)。秋葉原協定。アキバの公共スペース各所で、同じ文面が書かれた立て看板を目にすることができる(写真=中央)。検討会が実施した回遊者アンケート。半分以上の来街者が1〜2時間で街を後にすることなどが分かり、今後の取り組みに大きな影響を与えたという(写真=右)

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アクセストップ10

2024年05月22日 更新
最新トピックスPR

過去記事カレンダー