インタビュー
» 2009年12月15日 17時25分 UPDATE

ケータイ世代の女性が企画:男の知らない“きれい”とは――4000枚以上の写真から完成したカシオ端末の「美撮り」 (1/2)

カシオ日立モバイルコミュニケーションズの中澤優子氏は、入社2年目にして、同社のソフトバンクモバイル向け1号機の開発チームに抜擢された。周りは年の離れた男性ばかりという環境の中、彼女に課せられたのは「女性向けモデルの企画」。そこで考案したのが「美撮りモード」だった。

[田中聡,ITmedia]

 auで最初にカメラ付きケータイを開発したカシオ計算機は、au初のメガピクセルカメラ搭載機「A5401CA」や、au初のオートフォーカス+2Mピクセルカメラ搭載の「A5403CA」、業界初の320万画素カメラを搭載した「A5406CA」、そして同社のデジタルカメラ“EXILIM”のブランドを冠した「W53CA」「W63CA」「CA003」「CA004」を投入するなど、ケータイカメラの市場をけん引してきた。

 同社は2008年にソフトバンクモバイル向けにも端末の供給を開始し、「830CA」と「930CA」が発売された。この2モデルはau端末の単なる焼き直しではなく、ソフトバンク端末ならではの味付けが施されている。その1つとして、人物を美しく撮影できる「美撮りモード」をカメラに採用した(美撮りはauのCA003にも搭載されている)。人物を美しく撮る――と聞くと「よくあるエフェクトの1つ」程度の認識になりがちだが、カシオ端末の美撮りモードには、開発陣の並々ならぬ想いが込められている。美撮りで目指した“美しさ”とは。830CAと930CAの企画を担当した、カシオ日立モバイルコミュニケーションズ 第二事業部 企画チームの中澤優子氏に話を聞いた。

photophoto カシオ日立モバイルコミュニケーションズがソフトバンクモバイル向けに開発した「830CA」(左)と「930CA」(右)

高画素カメラだと毛穴やうぶ毛まで見えてしまう

photo カシオ日立モバイルコミュニケーションズ 第二事業部 企画チーム 中澤優子氏。「カシオはG'zOneなど男性向け機種の開発が多かったのですが、830CAはソフトバンクモバイルの1号機ということもあり、ケータイに敏感な女性をターゲットにしました」

 中澤氏は2007年にカシオ計算機へ入社。当初は営業職に身を置いていたが、2008年4月にカシオ日立モバイルコミュニケーションズ 第二事業部 企画チームへ異動となり、ソフトバンクモバイル向け新製品の企画を担当することになった。1984年生まれの中澤氏は当時23歳。20代前半の女性が商品企画を担当するのは、同社では異例のことだ。それは、ソフトバンクモバイル830CAが女性を主なターゲットにしていたことが大きく関係している。

 中学1年生からケータイを使い始めた中澤氏は、今まで43機種、平均すると1年で3.5台ものケータイを使ってきたという。そんな“ケータイ世代”として若者ならではの使い方をしてきた同氏だからこそ、20代の女性向け機種の企画は適任だった。今でも4台のケータイを同時に使っている同氏だが、ケータイオタクではないという。機能やスペックよりも、新しい機種やかわいい機種そのものへの関心が強いようだ。

photophoto 中澤氏がこれまで使ってきたケータイの一部。ドコモ、au、ソフトバンクモバイルなどキャリアを問わず多くの機種に触れてきた

 昔から写真を撮ることが多かったという中澤氏は、高校生のころは使い捨てカメラをいつも携帯していたが、カメラ付きケータイの登場後、撮影道具はケータイへ置き換わった。最初はドコモ端末を使っていたが、周囲に「A5407CA」を使っている人がいて、「撮影した写真がこれまでの機種と比にならないくらいきれいだった」と衝撃を受けたという。その後A5407CAとA5406CAを持ち、中澤氏の中で「カシオケータイ」=「画質がいい」という評価が定着した。

 そんな中澤氏が、今度は“物を作る側”に身を置くことになった。ケータイのカメラは、「画素数」が性能の高さを示す指標の1つとなっているが、830CAを企画するにあたって同氏は「画素数ではなく“きれいさ”でインパクトを与えたい」と考えた。では同氏が考えるきれいさとは何か。

 「最近のデジカメやケータイには高画素なカメラが搭載されています。実際に撮影すると確かにきれいなんですが、画像を拡大すると、毛穴やうぶ毛など、見られたくない部分まで見えてしまいます。ただ、きめ細かく写るので、風景は非常にきれいです。『じゃあケータイのカメラで重視すべき美しさって何だろう?』と考えたときに、『人物写真を撮って満足できるもの』だと思ったんです」と中澤氏は説明する。そこで開発したのが「美撮り」だ。

4000枚以上の写真を検証して美撮りレベルを決定

 人物写真、特に人肌の美しさに対する基準は人によって異なるので、画質のチューニングが難しいことは容易に想像できる。また、830CAのメインターゲットは女性なので、女性ならではの視点も盛り込む必要があったが、中澤氏が所属していたチームは自身以外はすべて男性スタッフ。女性から見た美しさを言葉で説明するのは難しい。

 そこで中澤氏は、多くのユーザーに「美撮り」と「通常モード」で写真を自分撮りしてもらい、2枚を見比べてどちらがいいかを答えてもらうアンケートを実施。その結果をもとに、「どこまで美撮りの効果を強めるか」を徹底的に検証した。1人で街に出て通行人に聞いたり、美容室にアンケートを置かせてもらったりといった地道な作業を経て、同氏は最終的に4000パターンもの写真をチェックした。「誰が見てもきれいと思える写真に絞り込む作業が一番大変でした」(中澤氏)

 830CAのメインターゲットである若い女性だけではなく、老若男女幅広いユーザーにアンケートを取った。黒人や白人のユーザーにも声をかけたという。「赤ちゃんの肌のツヤや、年配の方のシワの具合も不自然にならないようにしています」と中澤氏が話すように、誰が撮っても自然ときれいになるよう調整した。「他人の写真を見ると『もっと効果を強めるべき』という評価になりがちですが、自分の写真は違うと思います。あくまで自分が満足のいく写真を選んでもらいました」(中澤氏)

photophotophotophoto それぞれ、左が通常モード、右が美撮りで撮影したもの。2枚を見比べると、美撮りで撮った写真の方が肌つやがよく、目元がややぱっちりしている。効果は大げさではなく、2枚を比較して初めて分かる程度に抑えられている
photophoto こちらも左が通常モード、右が美撮りで撮影したもの。写真の被写体は3種類とも中澤氏

 こうして自分の足で稼いだ“データ”を提示することで、ほかの開発スタッフも「そういう世界もあるかも」と柔軟に受け入れてくれたという。「社内に新しいものを受け入れる体制が整っていたのが大きかったです。20代女性だからこそ分かる市場のトレンド――その力を発揮できる環境に身を置けたのはありがたかったですね」と中澤氏は振り返る。

過度な表現は控え、美しく撮れることだけをアピール

 830CAや930CAのカタログでは、美撮りについて「透明感のある肌と目元の印象度をアップ」と説明されているが、美撮りでこだわったのは「美しく撮れること、ただそれだけです」と中澤氏は言い切る。「他社のケータイにも美撮りと似た機能がありますが、1枚見ただけで明らかに肌が滑らか、目の大きい写真と分かった時点でその写真は嘘になってしまいます。加工、修正、整形といったネガティブな要素はすべて排除し、“具体的にはよく分からないけどきれい”を目指しました」(中澤氏)

 また中澤氏は「これは日本ならではのプロモーション」とも話す。「日本人は自分のことをかっこいい、かわいいと思う、いわゆる“ナルシスト”を嫌う傾向にあります。でも鏡を携帯したり、トイレで身だしなみをチェックしたり、外見を気にする精神はあると思います」と分析。だからこそ、美撮りでは過度な表現を控え、さり気なく搭載するよう配慮した。

 とはいえ、美撮りの裏で動いている機能は、カシオが開発した技術の粋ともいえるもの。「技術者からすると、何がすごいかをもっとアピールしてほしいんですけど、言葉で説明しすぎると美撮りの世界が崩れてしまうので、そこは抑えました」(中澤氏)

 言葉だけで美撮りの特徴を伝えるのは難しいため、プロモーションでは“実際に見てもらうこと”に力を入れた。「bidori.jp」というWebサイトを開設し、美撮りで撮ったかわいい写真を全国から集めるというプロジェクトを開始。イメージキャラクターには当時ブレイク直前だったお笑いコンビのオードリーを起用し、若者に訴求した。店頭では実際に美撮りを試せるよう案内し、口コミの広がりを狙った。

 ケータイに詳しくないユーザーにも簡単に使ってもらえるよう、操作性にもこだわり、美撮りをカメラメニューの先頭(一番上)に用意することで入り口を分かりやすくした。また、待受時にカメラキーを長押しするだけで美撮りモードのカメラが起動するなど、自然と使ってもらえるように配慮した。

 美撮りを利用できる撮影サイズは、830CAと930CAでは2Mに固定される。これは「サイズを変えるユーザーが少ないため」(中澤氏)だという。「VGAって何?という人はけっこう多くて……私も、VGAの意味を入社するまで知らなかったんです」と中澤氏は苦笑いする。「細かくマニュアル設定するよりも、いかに簡単に、楽しく撮影できるか」にこだわった。なお、中澤氏は直接開発には携わってはいないが、CA003の美撮りは5Mサイズに固定される。

 簡単操作にこだわるなら、人物がディスプレイに写ったら自動で美撮りモードに切り替わる設定があってもよさそうだが、「オートにすると何がきれいになったかが分かりにくくアピールできない」ため、見送られた。

photophoto 830CAと930CAでは、美撮りをカメラメニューの先頭に用意したほか、待受画面のショートカットから簡単にアクセスできるようにした

 美辞麗句をなるべく控え、実際に効果を見てもらう、そして操作は簡単に――こうしたプロモーションと使い勝手が功を奏し、美撮りは徐々にユーザーへ認知された。評価も上々で、830CAユーザー(10代〜50代、各年代で100人ずつ)に美撮りについて5段階評価のアンケートを取ったところ、30代を除き、100%のユーザーが「4」か「5」を回答したという。30代で4か5を選んだのは98%で、残り2%の中には「自分で美撮りレベルを調整したい」という意見もあったそうだ。「30代はより美意識の強い方が多いのかもしれません」(中澤氏)

 なお、美撮りは人物撮影に焦点を当てた機能だが、風景など人以外の被写体も通常モードと同じくきれいに撮れる。「あらゆるシーンで満足度の高い写真を目指しました」(中澤氏)

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