コラム
» 2010年12月10日 19時52分 UPDATE

ネットワークモデルに移行するメディア産業:成功の鍵握るHTML5とYouTubeの新型広告(後編) (1/2)

KindleやiPadで盛り上がる電子出版、Apple TVやGoogle TVで再び脚光を浴びるインターネットTVなど、メディア産業が通信を軸とするネットワークモデルへと移行している。前半では、その成功の鍵を握るウエブ技術標準HTML5に対する、AppleやGoogleの取り組みを見て来た。後半では、HTML5の問題点を吟味した後で、その先にある新たなビジネス・モデルとしてYouTubeの新型広告を紹介する。

[小林雅一(KDDI総研),ITmedia]

 次世代メディアの鍵となるHTML5が、大きな注目を集めていることは前回紹介したとおりだ。ただ、HTML5に関してはいくつかの問題点も指摘されている。1つはセキュリティ上の問題だ。HTML5では、スマートフォンのような携帯端末からWebアプリを利用する状況を想定し、いわゆるオフライン機能を提供している。これは「ローカルストレージ」や「アプリケーションキャッシュ」とも呼ばれる機能で、Webアプリを動かすためのスクリプト(コード)やデータを、端末のローカル記憶領域に自動的に保存する。これによって、ユーザーが地下鉄車内のようにワイヤレスネットワークから切断された状態(オフライン状態)でも、Webアプリを使い続けることができる。

 これはHTML5の長所の1つだが、新たなセキュリティホールになるとの指摘もある。ローカルストレージ機能では、Webブラウザが自動的に、従来のcookieとは比べ物にならないほど、大量の個人情報をデバイス(端末)側に蓄えてしまう。このためユーザーは無意識のうちに、非常に重要な個人情報を端末に保存してしまい、外部クラッカーの侵入に晒される危険性があるというのだ。

 しかし、そのような批判は的外れ、との反論もある。

 「(ローカルストレージ機能によって)ブラウザ上に大量の個人データがたまるから怖いと言われるが、これまで、みんなが使っていたネイティブアプリでも、デスクトップに大量のデータがたまっていた。(クラッキングに晒される危険性という点では)両者は本質的には大差ない」(Mozilla Japan・マーケティング部・テクニカルマーケティング担当の浅井智也氏)

 またHTML5のようなオープンな技術では、開発者コミュニティの力によってセキュリティが改善されて行くという見方もある。HTML5には、ブラウザメーカーを始め多数の企業が関わっているので、その仕様を製品に実装する段階で、「これは、もしかしたら危ない」という問題点を、みんながW3Cのような標準化団体にフィードバックするからだ。逆に特定企業の独自製品だと、どうしても、その企業の内部関係者だけで納得してしまう。またセキュリティ問題が見つかるのも、その企業の内部から、というケースが多い。

 HTML5のもう1つの問題点として指摘されるのが、DRMを標準的にサポートしないことだ。DRM(デジタル著作権管理)とは、音楽・動画ファイルなどの無断コピー(海賊版)を防止する技術で、たとえば市販DVDなどに実装されている。特にテレビ局や新聞社、あるいは出版社やレコード会社のような、メディア/コンテンツ業界の関係者にとって、新しい技術や規格を採用する上で、DRMの有無は非常に重要なポイントとなっている。

 実際、彼らはW3Cに対し、HTML5でもDRMをサポートするよう提案している。しかしW3Cには、オープンな技術を支持する傾向があるので、DRMのようにコンテンツ利用に制限をかける技術にはなかなか取り組もうとはしない。またDRMには暗号化技術が関係して来るが、暗号をオープン規格として勧告するのは本質的に無理がある。つまりDRMは、HTML5とは別の世界で実現すべきことなのだ。

 「HTML5がDRMをサポートしなくても、ブラウザにプラグインを足せば、著作権管理の仕組みは(個々の企業が)好きなように作れる」(Mozilla Japanの浅井氏)

YouTubeの収支を劇的に改善した「Content ID」

 昨今のメディア/コンテンツ産業では、そもそもDRM自体が時代遅れになってきた感がある。たとえばAppleは2009年にiTunesから配信される楽曲ファイルのDRMを外しているが、iTunesの業績がそれで悪化することはなかった。1曲99セント程度の価格であれば、ファイル交換市場から海賊版(違法コピー)を入手するよりは、iTunesのように有料でも安全な手段を選ぶ消費者が多かったのだ。

 また最近では、こうした違法コピーを逆手に取ったビジネスモデルも勢いを増している。例えばYouTubeが2008年に開始した、「Content ID」と呼ばれるファイル識別技術に基づくディスプレイ広告だ。Content IDは別名「ビデオ指紋(Video Fingerprint)」とも呼ばれ、もともとは、大手テレビ局や映画スタジオを傘下に持つ、欧米のメディアコングロマリットの要請に基づいて、YouTubeの親会社であるGoogleが開発したものだ。

 その仕組みはこうだ。まず映画会社やテレビ局は、自分達が持っている膨大な数の動画ファイルをYouTube(Google)に提供する。YouTube側では、個々の動画に固有のContent IDを付け、それらをデータベース化しておいて、後に、これとYouTube上に出回る動画ファイルとを照合する。ある動画ファイルにContent IDが付いていれば、それはユーザーが自主製作した動画ではなく、映画会社やテレビ局の動画作品を、ユーザーが無断でコピーしたものであることが分る。と当時に、その海賊版の著作権を持つ企業、つまり正当なコンテンツホルダーも判明する。

Photo 図1 YouTubeの新型ディスプレイ広告
違法動画をContent IDで検知し、権利者の了承を得た上で、そこに広告を載せる

 Content IDは当初、YouTube上に出回る無数のテレビ番組や映画などの海賊版を検知し、これらをサイト上から削除するために使われるはずだった。少なくとも、ハリウッドの映画会社など、コンテンツホルダー側ではそう理解していた。しかしGoogleは思いがけぬ提案を彼らに持ちかけた。すなわちYouTube上で、Content ID(ビデオ指紋)がついた動画が検知されたら、そこにディスプレイ広告(ビデオ広告)を掲載し、広告収入をコンテンツホルダーとYouTubeの間で山分けしようというのだ。

 つまりYouTube上に出回る無数の海賊版が、Content IDによって突如、新しい広告媒体に化ける。これはまさしくコペルニクス的な発想の転換だ。それだけに、最初はこのアイデアに賛同する大手コンテンツホルダーはほとんどいなかった。日本では例外的に角川グループが2008年6月から、自社のアニメ作品に限って、このやり方を採用(図1)。欧米でも出足は悪かったが、2009年からContent IDに賛同するコンテンツホルダーが急増した。

 これまでGoogleの収益は、ほぼすべてアドワーズなど検索関連広告で占められ、それ以外の収益源をなかなか開拓できないことが、同社に対する根強い批判となっていた。中でもYouTubeはGoogleの経営上、かなりのお荷物だった。しかしこの状況が、Content ID広告によって目立って改善されつつある。

 2010年10月に発表されたGoogleの四半期決算では、同社の収入全体の72億9000万ドルのうち、ディスプレイ広告は25億ドルと、全体の35%を占めるまでに成長した。中でも、これまで赤字を垂れ流してきたYouTubeは、このディスプレイ広告の急成長によって2010年通期では黒字に転ずるとの見方も出てきた。これに大きく寄与しているのが、前述のContent IDだ。

 New York Times紙によれば、YouTubeで視聴されるビデオのうち、ディスプレイ広告が掲載されているのは毎週20億ビューだが、その3分の1が海賊版であるという。つまりContent IDの登場によって、ハリウッドに代表されるコンテンツホルダーは、YouTube上の違法動画を新しい広告媒体として使い始めたのだ。

 こうしたドラマティックな変化を象徴するように、同じ記事はYouTubeでコンテンツ関係の提携業務を担当しているスタッフの次のようなコメントを掲載している。

 「昔は僕達が(ハリウッドの映画会社など)コンテンツホルダーとの交渉に臨むときには、相手側の出席者の90%が(YouTube上の違法動画の削除を要請する)弁護士だった。しかし今では相手側の出席者に弁護士はほとんどいないか、あるいはわずかか数人いたとしても、それは我々との提携を成立させるために出席した弁護士(deal lawyer)だ」

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