「It just works(とにかくちゃんと動く)」
iCloudのプレゼン中、スティーブ・ジョブズ氏はこの言葉を何度も繰り返し、スクリーン上にも何度も文字が躍った。そこにiCloudに対する、ジョブズ氏とAppleの思い入れが読み取れる。
iCloudは、今後のAppleのクラウド戦略の中核になるものだ。デジタルライフスタイルの世界観が、過去のMac(PC)中心から、Mac・iPhone・iPad・AppleTVなど複数のデジタル機器によるマルチデバイス時代になる中で、それらの統合と協調を司るものがiCloudなのである。
では、このiCloudで実現する価値とはどのようなものか。
誤解を恐れずに言えば、それは「メンテナンスフリーの世界」である。ユーザーのすべてのデータや購入したアプリ/コンテンツが自動的にバックアップ・同期され、ユーザーは”いつもそこにあるもの”として安心して利用できる。iCloudではクラウドのサービスが端末やアプリAPIと密接に結びついているため、一般ユーザーは自分たちがクラウドサービスを利用しているという意識すらすることなく利用できる環境になるだろう。それでいて常にMac・iPhone・iPadが同期していて、クラウド上に常にバックアップがある安心と安全が享受できる。だからこそ「It just works」なのである。
これは”当たり前”のように思えるが、実現はたやすいものではない。Appleはその実現のためにノースキャロライナに大規模データセンターを開設し、OS XとiOSを同時にメジャーバージョンアップしなければならなかった。逆説的にいえば、そこまでやらなければモバイル&クラウド時代の新たな飛躍はできないのである。
iCloudを軸に新たな段階に入るiPhone・iPadであるが、このクラウド中心のコンセプトを考えたときに、心配されるのがネットワークインフラの負担増である。日本に目を向けてみても、現時点のiPhone・iPad取り扱いキャリアであるソフトバンクモバイルが、Appleのモバイル&クラウド戦略を支えられるかは気になるところだろう。
結論からいえば、筆者は今回のiCloud + iOS 5をソフトバンクモバイルはきちんと支えられると見ている。それどころか同社にとっては、やり方次第では追い風にもなるかもしれないと考えている。
なぜか。
それは逆説的ではあるが、「iCloud + iOS 5」の体制はWi-Fiへのオフロードなしでは成り立たないからだ。バックアップなどデータ容量の大きいiCloudとの連携はWi-Fi利用を前提にしており、特にPCフリーで運用するには、自宅内の固定網+Wi-Fi環境の導入が不可欠である。キャリアの3Gインフラだけでは、今後のiPhoneやiPadは支えられない。むしろ積極的に、キャリアがオフロード戦略を推進・投資していることが望ましいのである。
ひるがえって今のソフトバンクモバイルを見ると、3Gインフラの構築ではいまだドコモやKDDIに後れを取っているものの、Wi-Fiインフラを活用したオフロード戦略ではむしろ他キャリアよりリードしている。街中へのWi-Fiスポットエリアの拡大だけでなく、ユーザー宅のWi-Fi化にも注力しており、この分野でのノウハウは国内キャリアでも随一といえる。またソフトバンクとしては固定網ブロードバンドサービスの「Yahoo! BB」も擁しているため、PCフリーでiPhone・iPadを使いたい新たなユーザー層に向けて、簡単かつ安価に導入できる「固定網ブロードバンドサービスとWi-Fi環境のセットプラン」も作りやすい。
オフロード戦略に早くから取り組んでいたことが、iCloud+iOS 5時代のiPhone・iPadを取り扱う上で有利に働く。そのような見方もできるのである。
iPhoneとiPadの登場以降、スマートフォンやタブレット端末などスマートデバイスの世界は、名実ともにAppleによって未来が切り開かれ、市場が牽引されてきた。そして、その波及効果によってコンピューティングとインターネットの在り方が変わっていった。
今回WWDC 2011で発表されたOS X Lion・iOS 5・iCloudは、2007年からAppleが起こしてきた革新の第2章になる。クラウドとスマートデバイスの世界の様相が再び変わり、市場の裾野が拡大する。それだけ大きなポテンシャルを、これらは持っているのである。
Appleが出した3枚のカードが、すべてそろうのは今秋。今から楽しみである。
WWDC 2011基調講演リポート(1):クラウドを中心にしたデジタルハブ――ポストPC時代の幕開け
WWDC 2011基調講演リポート(2):PCのあり方を再定義する「OS X Lion」
WWDC 2011基調講演リポート(3):「iOS」は繊細な軌道修正でさらなる発展を目指す
iOS 5+iCloudで大きな変貌を遂げるiPad、iPhone、iPod touch
iOS端末は2億台、iPadは2500万台を販売――Appleが実績を発表
Apple、クラウドサービス「iCloud」を発表 文書や音楽をクラウドに
アップル開発者会議、間もなく開幕!
ジョブズCEOの基調講演で幕を開けるWWDC2011――「Lion」「iOS5」「iCloud」を披露
アップル、WWDC 2011を6月6日に開幕
「iOS 4.2」ついにリリース――登場8カ月目のiPadを一新するアップデート
その魅力はすべての人を惹きつける――iPhone 4は“ケータイ市場”を席巻する
さらに薄く、より高速に――アップルが「iPad 2」を発表Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.