KDDIの新型iPhone販売にまつわる“スクープ騒ぎ”を読み解く本田雅一のクロスオーバーデジタル(2/2 ページ)

» 2011年09月23日 18時00分 公開
[本田雅一,ITmedia]
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iPhoneは携帯電話事業者にとって“オイシイ端末”なのか?

 Android端末が急速にシェアを伸ばしている中にあって、いまだにiPhoneはスマートフォンの中で特別な存在だ。iPhoneは1機種で、あらゆるニーズのユーザーに対応しているからだ。メーカー各社が異なるユーザー層に対し、デザインやサイズ、機能、価格などをカスタマイズして多品種のAndroidスマートフォンを創り出しているのとは対照的だ。

※iPhoneとAndroid端末を比較する文章の中で「対照的」と記載すべきところ「対象的」と誤記しておりました。お詫びして訂正いたします。(9/24 21:00)

 多様なソフトウェアを自ら選んで導入し、自分で選んだネットワークサービスを使い、画面をカスタマイズし、日々、少しづつ自分だけのスマートフォンに仕立て上げられていく。iPhoneは機能や操作性を洗練させるとともに、サードパーティーによるアプリケーションを育てることで、単一機種で多くのユーザーをカバーできる環境を作り出した。

 これにより、アップルは一種類の端末に開発資源を集中させることが可能になる。開発効率の良さもさることながら、OEM先に対して発揮できる力や部品調達面での優位性などもあり、製品単体の品質を高めやすいという利点も生んでいる。

※初出時に、本来「OEM」であるべき部分を「ODM」と表記しておりました。お詫びして訂正いたします。(9/24 21:00)

 エコシステム全体を俯瞰する視点を少し移動させ、端末そのものをハードウェアとして評価したとしても、iPhoneが優れた製品であることは、ある意味、必然的なこととも言えるだろう。iPhoneが単一機種でのトップセラーを継続し続けるのは、まったく不思議なことではない。

 しかし、ユーザーから見れば素晴らしい価値をたたえているiPhoneではあるが、携帯電話事業者にとって“オイシイ端末”かと言えば、そうとは言えないと思う。もちろん、契約数の増加には寄与するはずだ。ソフトバンクモバイルが年間400万台以上のiPhoneを売るのであれば、同じ数のiPhone(ネットワークの整備状況から言えば、さらに多く売る余地がある)をKDDIも売る可能性は高い。

 iPhoneを扱えば、他社からの流入も期待できると考えれば、KDDIがiPhoneを扱う利点は十分にあるとも言えるが、一方で通常のケータイやAndroidベースのスマートフォンは販売数を大きく落とすことになるだろう。実はここが問題だ。ユーザーにとっては長所の多いiPhoneだが、携帯電話事業者にとってiPhoneは諸刃の剣でもある。

 ケータイでは追加コンテンツやアプリケーション、サービスなどの決済を、携帯電話事業者が代行し、大きなビジネスを生んできた。Androidスマートフォンの世界では、コンテンツを流通させるための起点となるポータルを、携帯電話事業者はほとんど失っているものの、決済業務に関してはいまだ強みを持っている。ところが、iPhoneではアプリケーション、コンテンツ、サービスなどの流通をAppleがすべて管理しているだけでなく、決済業務もApple自身が担っている。

 携帯電話事業者は、音声通話、IP接続、SMS/MMSといった基本的な通信サービスメニューを提供するだけで、それ以外のすべての価値流通はAppleが持っていく。これがiPhoneのビジネスモデルであり、単一機種で幅広いユーザーをカバーできることと合わせ、高収益と潤沢な資金投資による高品質製品を生み出す源泉になっている。Appleのこうした高収益モデルは、どこから生まれているのかと言えば、それはこれまで携帯電話事業者が得ていた利益の一部からだ。

 iPhoneを販売すれば、契約数は稼ぐことができる。既存ユーザーも、iPhoneへと流れる人が少なくないだろう。このところ万年三位となっていた純増数でトップを取るようになれば、KDDIの携帯電話事業が活気づくことは間違いない。しかし、iPhone導入がKDDIにとって本当にプラスになるかどうかは短期的には評価できない。

スマートフォン時代の新たな枠組みへの前進

 今回のニュースを受けて、KDDIとソフトバンクの株価は敏感に反応したが、iPhoneという、良くも悪くも携帯電話事業全体に多大な影響を及ぼす商品が、ソフトバンク以外の事業者も扱うようになることで、さまざまなことが連動して動くことになる。

 ソフトバンクモバイルはこれまで、iPhoneを独占的に扱うことで多くの新規契約者を獲得し、さらに、ホワイトプランとセットで実質ゼロ円販売としてきた。その上でホワイトプランを24カ月単位の更新とする新ルールに移行させるなどの“iPhoneシフト”を敷き、確実に業績を伸ばしてきた。しかし、iPhoneが他社からも購入できるとなれば、このような画一的な販売方法への強い誘導もかけにくくなる。

 ソフトバンク回線の混雑を嫌った現iPhoneユーザーがauへ流出したり、潜在的なiPhoneユーザー(これから購入したいと持っている人たち)がauへと流れたりして、iPhoneの販売台数が減れば、契約純増と端末販売のキャッシュフローに頼ってきたソフトバンクにとって大きな痛手となることは、改めて言うまでもない。

 現在のソフトバンクショップを見れば分かるように、iPhoneとiPadに極端に強く依存した端末販売の体制も、そうそう簡単には転換できないだろう。店の内装や展示方法を変えたとしても、並べる端末を急に変えるわけにはいかない。これまでApple製端末ばかりを重用してきたツケもあり、端末パートナーとの関係再構築をどうしていくかは近々のテーマになるのではないだろうか。

 一方、これまで獲得したホワイトプランのユーザーは、そう簡単には他社に流出しないのではという見方もある。多数派のNTTドコモはもちろん、法人利用の多いKDDIのユーザーとの通話が多い場合、ホワイトプランの通話料は高くなる。しかし、iPhoneユーザーが周りに多い人たち(多くはホワイトプランあるいはWホワイトで契約している)は、人口密集地でのつながりにくさなどに不満を持っていたとしても、簡単には乗り換えないかもしれない。

 スマートフォンの時代になってから、端末の選び方も、料金プランの選び方も、そしてブランドに対するイメージも変化してきている。iPhoneをKDDIが販売し始めることで、どのようなケミストリーが起きるか、まだ予想しにくい部分も多い。

 しかし、これはまだ変化の“始まり”に過ぎない。KDDIがiPhoneを扱い始め、一定以上の月次販売台数をたたき出して天井を叩く(それ以上増加しないペースまで上がる)ようになれば、今度はNTTドコモからの販売を模索するのは当然の流れだからだ。あるいはSIMフリー版iPhoneをアップルストアで販売するということも、可能性としてはあるかもしれない。

 KDDIは26日に予定されている秋冬の新製品発表会で、数種類のWiMAX搭載スマートフォンを発表する予定だ。すでに始めているau Wi-Fi SPOTの増加と、自動的にWi-Fiスポットへ接続する機能の搭載などと合わせ、スマートフォンのトラフィックを3Gから積極的に逃がすことで3G回線の混雑緩和を大胆な手法で進めようとしている。KDDIとしてはデータトラフィックの多い都市部のエリアが充実しているWiMAXを活用し、混雑緩和を狙った用意周到な戦略である。

 しかし、今回の騒動はその計画に冷や水を浴びせる事になるだろう。iPhoneがKDDIに……の報道は、KDDIユーザーに買い控え心理をもたらし、せっかくの力が入ったWiMAX搭載端末の販売にも影響すると考えられるからだ。本来、WiMAXへと迂回できるはずだったデータトラフィックが、iPhone待ちユーザーによって3G回線に留まる可能性がある。

 しかし、長期的に見れば業界全体が新しい枠組みへと向かうきっかけになるのではないだろうか。スマートフォンの時代に、どのようなビジネスが行えるのか。携帯電話事業者は知恵を絞っているが、決済事業以外に明確なアイデアがないのも実情だろう。その決済事業も、将来、NFCの時代になった時に維持できるかどうかは不透明だ。

 スマートフォンの時代を受けて、携帯電話事業者のビジネスはどうあるべきなのか。予定外のiPhoneスクープ騒ぎは、改めて足下を見つめ直すいい機会となるかもしれない。

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