米国におけるMediaFLOの「今」を見ると、日本の携帯端末向けマルチメディア放送に必要なものも多く見えてくる。
まず重要なのは、前出のとおり、“ケータイ感覚”で使える高品質エリアを早期に立ち上げることだ。メディアフロージャパン企画が主張するように「インドア」と「高速移動中」のエリア品質は特に重要であり、そのために同社が日本の沖縄や島根で実際にMediaFLOを動かし、綿密なフィールドテストを行ったことは注目すべきポイントだろう。筆者はどちらも実際に取材したが、特に沖縄では、屋内での受信性能の高さに加えて、高速道路を走るクルマの中でも途切れないエリア性能に感心したのを覚えている。彼らが日本での実地テストと総走行距離8000キロ超にも及ぶ走行試験で導き出した865局という基地局数はかなりリアリティのある数字と言えるだろう。
そして、エリアと並んで重要なのが「多様性」だ。ここには2つの要素がある。
1つは「端末の多様性」だ。米国のMediaFLOを見れば分かるとおり、携帯端末向けマルチメディア放送の受信端末として携帯電話・スマートフォンは確かに重要だが、サービスの広がりでは「それ以外」への展開が重要になる。
特に重視すべきはカーナビやリアシートエンターテインメントシステムなど車載端末への広がりだろう。クルマ向けは音楽・映像の配信サービスで注目なだけでなく、カーナビ向けのリアルタイム渋滞情報や地図更新データの配信といったデータキャスト分野での潜在需要が大きい。トヨタ自動車が北米や沖縄でMediaFLOの実証実験に参加した狙いが、まさにここにある。携帯電話市場だけでなく、自動車関連市場とどれだけ連携しやすいかも、携帯端末向けマルチメディア放送の成功には重要なのだ。
そのほかにも端末の多様性という点では、スマートフォンやiPadのような新たなマルチメディア端末との連携のしやすさも重要になるだろう。誤解を恐れずにいえば、携帯端末向けマルチメディア放送への対応が、国内市場限定の従来型携帯電話向けのみでは「海外市場と連携する」メリットが生まれてこない。今後のモバイル市場において重要なクルマとスマートフォンで、海外の巨大市場との連携性を勘案しておかなければ、新たな“ガラパゴス技術/サービス”を生みだすだけである。

2010年7月に開催されたクアルコムのイベント「UPLINQ 2010」で展示された最新のMediaFLO受信端末。iPhone用のジャケット型受信機は、受信したMediaFLOの信号をWi-Fiに変換してiPhoneアプリで受信するというもの。当初はストリーミング放送のみだが、将来的にクリップキャストやデータキャストへの対応も可能という。今秋には発売される

その他の最新型MediaFLO対応端末。携帯電話型だけでなく、車載器(750)やスマートフォン(753)も登場してきている。特に車載端末はクライスラーのディーラーオプションに認定されているなど、今後の広まりに注目である。
iPad用のMediaFLO受信アプリと専用小型受信機。MediaFLOからWi-Fiに変換するという原理は北米で市販されるiPhone用ジャケットと同じ。iPadアプリはストリーミング放送だけでなく、HD画質の動画が再生できるクリップキャスト機能や、データキャストによる電子書籍/電子雑誌の配信機能、その他のIPコンテンツ配信に対応している。すでに日本語化がされており、北米向けの英語版も開発されていた2つめが「サービスの多様性」だ。
筆者は今回、再び渡米してアメリカのMediaFLO最新事情を取材したが、そこで感じた不満が「携帯端末向けマルチメディア放送ならではのサービスがまだ始まっていない」ことだった。多チャンネルのストリーミング放送の需要を否定はしないが、携帯端末向けマルチメディア放送の本質的な価値はそこではない。とりわけワンセグが普及している日本では、地上波テレビのサイマル放送がすでに多くの端末で受信可能であり、有料多チャンネル放送の需要は限定的になるだろう。ストリーミング放送はワンセグで行い、携帯端末向けマルチメディア放送は多様なコンテンツ配信サービス用に展開するという形でないと、ユーザーニーズの喚起は難しい。
踏み込んでいえば、日本における携帯端末向けマルチメディア放送で重要なのはインターネットで標準的な技術を用いた「データキャスト」と「クリップキャスト」であり、通信と連携するデータ系サービスだ。携帯端末向けマルチメディア放送の実現にあたっては、これらデータ系サービスでの運用性の高さや、通信型コンテンツビジネスとの親和性が特に重要だ。ワンセグがなかった米国では多チャンネルストリーミング放送の立ち上げが先に行われたが、日本の携帯端末向けマルチメディア放送ではデータ系サービスの早期立ち上げとコンテンツの充実が必須になるだろう
さて、ここまでMediaFLOの事例や取材をもとに携帯端末向けマルチメディア放送実現への課題や可能性を見てきたが、それには理由がある。ドコモやフジテレビなどが推すISDB-Tmmについては、過去に取材の機会が少なく、大規模なフィールドテストの記者向け体験会などがほとんど行われていないのだ。MediaFLO陣営が沖縄で行ったようなメディア向け公開実験もなかったため、実際のサービスとして、屋内へのエリア浸透力がどの程度あるのか、クルマでの受信性能は十分にあるのかなどが分からない。どれだけ端末の多様化が起こるのか、データ系サービスの機能はコンテンツプロバイダーにとって使いやすいか、放送以外の市場が創出される可能性はどうかといったことが、筆者にはまったく「見えない」のである。
6月25日に実施された公開ヒアリングでは、マルチメディア放送側から開発計画の説明が行われたが、これもシミュレーションに基づくデータが中心で「机上の計算」の域を出ていない。例えば、ISDB-TmmではMediaFLOよりはるかに少ない基地局数125局でサービス展開をする計画だが、これで果たして多様なモバイル端末/車載端末での利用に十分なクオリティのエリアが構築できるのか。また、ドコモが持つエリア構築や通信型コンテンツビジネスのノウハウが、きちんと生かされるのかなどが説明されておらず、ISDB-Tmmへの不鮮明な印象は拭えない。
ISDB-TとISDB-Tmmは、名前こそ似ているがまったく異なる技術であり、ISDB-Tを前提にISDB-Tmmを議論することも見当違いである。厳しい言い方をすれば、現状のISDB-TmmはMediaFLOと同じ土俵に上がっておらず、「国産技術だから」という感情的な理由のみがひとり歩きしている状況だ。他国で商用化されていないのはしかたないとしても、MediaFLOと同程度のリアリティのあるデータを提示すべきではないだろうか。
今からでも遅くはない。マルチメディア放送には詳細な技術説明会の実施と、実際に動くISDB-Tmmテスト環境(できればフィールドテスト)の公開を行ってもらいたい。また、モバイルマルチメディア放送が“通信連携型の放送サービス”であることを鑑みれば、ドコモが社長自らアピールするなど、サービス実現に向けて積極的な姿勢を見せることも必要だろう。
筆者はこれまで日米で携帯端末向けマルチメディア放送の取材を行い、この新たなコンテンツ配信インフラの可能性や市場効果を見てきた。その立場から、「新たな周波数の割り当ては、新たな市場と企業を育てるものでなければならない」と考えている。インフラ構築をするのが大手企業でも、その上で新たなビジネスやサービスが生まれるような“市場創出の姿勢”がなければ、新たな周波数を割り当てる意味はないだろう。周波数は放送業界・通信業界のどちらのものでもなく、国民の共有財産であり、ユーザーと市場のものだ。重要なのは要素技術の出自や業界間の駆け引きではなく、選定される方式に技術的・経済的な合理性があり、そこから持続的に成長可能な新ビジネスが誕生するかどうかである。
総務省はフェアで透明な選定ができるのか。そして、その結果として新市場の創出ができるのか。期待をもって注目したい。
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