それでは実証実験の様子を詳しく紹介しよう。
今回のMediaFLO公開実験では、報道関係者にW64SAをベースに開発された実験用携帯電話を配布。バスで一般道と高速道路を移動しながら、実証実験中の各種アプリケーションを体験するという内容だった。用意されたコンテンツは、映像・音楽のストリーミング放送が14チャンネル、クリップキャストが12チャンネル、IPデータキャスティングが5種類のほかに、携帯電話向けのニュース配信と、電子書籍や着うたフルの配信、オリジナルドラマ配信など多種多様なものが用意されていた。
また今回の実験では体験できなかったが、MediaFLOのアプリケーションでは緊急ニュース速報用の仕様も用意されており、特別なタグ情報を用いて他のコンテンツよりも優先して端末に緊急情報を届けられるという。これは「緊急地震速報のようなニーズにも十分に対応できる」(増田氏)というものだ。防災情報など緊急速報へのニーズは、ケータイやスマートフォンといった携帯端末はもちろんのこと、今後、モバイルマルチメディア放送がカーナビやデジタルサイネージにまで広がることを考えると、とても重要である。MediaFLOの実証実験で、そういった公共性の高いサービスまですでに取り組まれていることは、高く評価できるだろう。
実証実験用の端末には、MediaFLO受信用のクライアントアプリが用意されており、ストリーミング放送やクリップキャスト、各種データコンテンツがシームレスに使えるように作られている。UIも携帯電話用にきちんと作り込まれており、「再生期限付きコンテンツ」や別途認証課金が必要な「購入型コンテンツ」も、auの認証課金システムを用いて著作権管理されていた。
モバイルマルチメディア放送というと、映像のストリーミング放送やクリップキャストに目が向かいがちだが、さまざまなリアルタイム情報の配信や、電子書籍や音楽コンテンツを筆頭に有料コンテンツ配信ビジネスのインフラとしても有望だ。また、今回の実験でもウェザーニューズのコンテンツで実現していたが、ストリーミング放送にIPデータキャストの情報を組み合わせて見せるといった新しいコンテンツ提供もできる。
このようにMediaFLOは多様なコンテンツの放送・配信に対応する柔軟性を持っており、実証実験ではビジネスモデル策定に不可欠な「認証・課金」やコンテンツごとの「著作権管理」の検証も取り組まれていた。単なる放送サービスに留まらない、拡張性や応用性の高さは特筆すべき部分である。
コンテンツ配信の柔軟性に加えて、MediaFLOでもう1つ注目なのが「高速移動中の利用」が重視されている点だ。今回の実証実験でも、高速道路をカバーするための送信局が用意されており、沖縄自動車道を用いた実験に注力している。また、前述のとおり、トヨタ自動車もMediaFLOの実証実験に参加。ケータイと並んで、クルマ向けのモバイルマルチメディア放送活用にも積極的に取り組んでいる。
残念ながら今回の報道関係者向け体験会では、専用の車載端末によるMediaFLO受信実験は見られなかった。しかし、携帯電話端末による受信テストでは、沖縄自動車道を走りながらでも映像が乱れることはなく、高速移動にも強いというMediaFLOの特徴を十分に体験することができた。クルマの流れに乗り、法定速度前後のスピードで走ってストリーミング放送を受信しても、映像が途切れることはない。一方、那覇市街のビル陰などでは時おり電波感度が悪くなり、受信が途切れることもあったが、その場合は「静止画+音声」で可能なかぎり視聴状態が継続するようになる。これらの工夫も、「モバイル環境での利用を大前提に設計されたMediaFLOならでの特長」(増田氏)と言えるだろう。
クルマなど移動体向けのコンテンツ配信を鑑みると、VICS渋滞情報のデータ量は年々増しており、すでにFM多重放送ですべて配信するのは難しくなってきている。最近ではプローブ情報やデジタル地図の更新サービス、安全運転を支援するための詳細天気情報のニーズも増してきており、低コストかつ広範囲にデータ配信ができるインフラの重要性は高まっている。また、カーオーディオやリアエンターテインメントシステム向けの音楽・映像コンテンツ配信や、バス・タクシー向けデジタルサイネージなどでもさまざまな需要がある。MediaFLOが実証実験の段階から、ケータイやスマートフォンと並んで、カーナビなどクルマ向けのモバイルマルチメディア放送のノウハウを蓄積していることは、今後の商用化と市場の早期立ち上げにおいて重要な意味を持つだろう。
携帯端末向けマルチメディア放送の商用化をめぐっては、今年、参入事業者と技術方式の審査が行われる。その行方は現時点で不分明であるが、今回のメディアフロージャパン企画の実証実験を見るかぎり、MediaFLO陣営のサービスプラットフォームはかなり完成度が高かった。すでに米国で商用化されているから当然かもしれないが、技術的には十分にこなれており、さらに「世界初」であり「日本発」のモバイルマルチメディア放送のコンテンツやサービスも実現できそうだ。トヨタが実証実験に参加したことからも分かるとおり、北米市場をはじめグローバル展開が前提の技術方式であることも、高く評価できる。
新たな周波数の割り当てをめぐっては、企業や省庁のさまざまな考えが錯綜するため、一概に「何が正しい」とは言えない。しかし筆者は、日本のIT産業を活性化し国際競争力を培うためにも、新たな周波数割り当てで最重要視すべきは、ベンチャー企業が生まれ育つ「場」になるかどうかだと考えている。
せっかくの新規周波数が、既存事業者の旧いビジネスモデルの延長線でしか使われないのでは意味がない。携帯端末向けマルチメディア放送では、ITベンチャーやコンテンツプロバイダーが“放送とネットの連携”で世界初の新たなビジネスと市場を作り、それを日本発として海外に輸出してほしいと思うのである。今回見たMediaFLOに、そういった可能性を感じたのは事実である。今後の動向を、期待をもって見守りたい。
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