「管理」の限界感動のイルカ(2/2 ページ)

» 2009年07月22日 08時00分 公開
[森川滋之,Business Media 誠]
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 オレはそんなんじゃない、という言葉をグッと飲み込んで、心配してくれてありがとう、と言って浩はその場を立ち去った。

 最初のうちは、週1回ペースだった。相手が格別の聞き上手だということに思い至らない浩は、自分は実は女性と話すのが得意だったんじゃないかと思うようになった。そうなると楽しい。

 最初は部下のモチベーション向上が理由だったのに、いつの間にか1人でも出かけるようになっていた。店外デートなども誘われるようになり、週1回が週2回、3回になるのに時間はかからなかった。

 そうなるとどんどんエスカレートする。1対1ではないが、休日デートをねだられるようになり、元来見栄っ張りなところのあった浩は高級外車をローンで買ってしまった。スーツもつるしではなく、20万円ぐらいのセミオーダーのものを買うようになった。

 浩1人を責めるのも酷だろう。当時はそういう時代だったのだ。なにしろ学生だって、六本木渋谷で遊びまくっていた。

 さすがに自分1人で行った分を会社に請求するのもためらわれたし、なによりも清美に心配をかけるのがいやだった。理由ははっきりと分からないが、こういう自分を清美に知られたくないとも思った。また小言も言われたくなかった。

 浩は、それまでまったく遊びのたぐいをやらなかったし、趣味もなかったので、1千万円以上の貯金があったが、それが少しずつ目減りしていくようになった。

 それでもバブルが続いていたので、金の心配はなかった。次々と規模を拡大していく会社がほとんどで、OA機器は売れまくっていた。遊んだ分は、また稼げばいい。

 リーダーが遊びに夢中なのに、部下がそうならないわけがない。それでも浩のチームは好調だった。遊んだら、その分稼ぐ。それが浩のチームのモチベーションになっていた。お客を大事にすることで伸びてきた浩であり、浩のチームだったはずなのだが、景気が良すぎた。注文は次々と入ってくる。

 このとき注文が入ってくることを不思議に思い、冷静に分析していたら、その後の悲劇は起こらなかっただろう。以前から大切にしていたお客が規模を拡大する時には、必ず浩のチームに注文していたということも、またそのお客がほかのお客を口コミで紹介してくれていたことも、すぐに分かったはずである。8割ぐらいはそんなお客だった。

 しかし、浩は何もしないでも注文をくれた新規客に目が向いてしまった。ちゃんと宣伝していれば客は勝手にやってくると勘違いしてしまった。また、いつまでも今の景気が続くと思っていた(当時、その後不景気が来ると予想していた人間はほとんどいなかった)。実態はそうではなかった。コミッション欲しさの一部の部下が、かなり強引に押し込み営業をしていたのだった。それに、浩はまったく気付かなかった。

 浩のチームは、いつのまにか全員が派手な海外ブランドのスーツを着こなし、昼は働き夜は遊ぶというチームになっていた。そして、それは当時はある意味理想のチームでもあった。

 浩はいつのまにか、自分が理想のチームを作ったと思いこむようになっていた。鼻息も荒くなった。ときどき、啓太や清美がそれとなく苦言を呈してくれるのだが、無視を決め込んでいた。あまり言うと、むくれてどこかに行ってしまうので、啓太も清美もだんだん何も言わなくなっていった。

 すでに実態としてはバブルははじけていた。倒産する不動産屋の記事が目立ちはじめた時期だった。「庶民」はいい気味だと言っていた。自分には関係ないと思っていたのだ。その「庶民」たちが、すでにバブルがはじけていたことに気づいたのは、その2年後ぐらいだった。その間、浩の遊びはかろうじて続いていた。

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著者紹介 森川滋之(もりかわ・しげゆき)

 ITブレークスルー代表取締役。1987年から2004年まで、大手システムインテグレーターにてSE、SEマネージャーを経験。20以上のプロジェクトのプロジェクトリーダー、マネージャーを歴任。最後の1年半は営業企画部でマーケティングや社内SFAの導入を経験。2004年転職し、PMツールの専門会社で営業を経験。2005年独立し、複数のユーザー企業でのITコンサルタントを歴任する。

 奇跡の無名人シリーズ「震えるひざを押さえつけ」「大口兄弟の伝説」の主人公のモデルである吉見範一氏と知り合ってからは、「多くの会社に虐げられている営業マンを救いたい」という彼のミッションに共鳴し、彼のセミナーのプロデュースも手がけるようになる。

 現在は、セミナーと執筆を主な仕事とし、すべてのビジネスパーソンが肩肘張らずに生きていける精神的に幸福な世の中の実現に貢献することを目指している。


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