LTE対応からクアッドコア、発熱問題まで――Snapdragonの“今と未来”を聞くQualcommインタビュー(1/3 ページ)

» 2012年09月11日 09時34分 公開
[田中聡,ITmedia]

 スマートフォンの普及に伴い、にわかに注目を集めるようになった分野の1つが、モバイル向けプロセッサー(チップセット)ではないだろうか。チップのメーカー、世代、CPUやGPUなどは端末の性能や消費電力を大きく左右する。どのチップを搭載しているかが、スマホの性能を測る指標の1つになっていると言っても過言ではない。そんなモバイルプロセッサーにおいて特に大きなシェアを持つのがQualcommだ。同社はフィーチャーフォンが主流のころから携帯電話向けチップを開発しており、その歴史は長い。スマートフォン向けにはさらにラインアップを拡充し、Qualcommの代表ブランドである「Snapdragon」は、ローエンド機からハイエンド機まで、幅広い製品をカバーしている。Qualcommの強みはどこにあるのか。また今後のロードマップは。Qualcomm CDMA Technologies マーケティング/ビジネス開発統括部長の須永順子氏と、マーケティング ディレクターの海野尾英慈氏に話を聞いた。

次世代のLTEモデムは「Category4」と「キャリアアグリゲーション」に対応

photo Qualcomm CDMA Technologiesの須永氏。手にしているのはSnapdragonを搭載する「Windows Phone IS12T」

 日本の2012年夏モデルを見ると、大半の機種がQualcommの第4世代Snapdragonである「S4」を採用している(参考記事)。S4の中にもさまざまな製品がラインアップされているが、中でもドコモのLTE端末に採用されている「MSM8960」が目立つ。須永氏も「S4ではMSM8960が中心的なチップに位置づけられています。特にこの秋からドコモ以外のキャリアもLTEスマートフォンを出すとみられているので、日本でもMSM8960需要は非常に高いです」と話す。これは世界を見ても同様で、同じくLTEを積極的に導入している米国や韓国でもLTEスマホの比率が増えるとともに、MSM8960への需要も堅調に増えているという。

 一方で、各社のLTEサービスに合わせたチップセットの作り込みで苦労する面も多いという。まず、ドコモが提供しているLTEサービス(Xi)は、上りと下りで使用する周波数帯が異なる「FDD」方式を採用している。一方で、ソフトバンクモバイルが提供しているAXGPのサービス(SoftBank 4G)は、上りと下りで同一周波数帯を用いる「TDD」方式と互換性を持つ。また、LTE圏内で着信をすると、3Gの回線交換に切り替えて通話をすることになるが、この3G回線に切り替える方法は、ドコモ、au、ソフトバンクで異なるという。3キャリアとも「CS(Circuit Switch:回線交換)フォールバック」という技術を用いているが、LTE通信や音声通話の方式が3社で異なるため、CSフォールバックの仕組みも厳密には異なるわけだ。さらに、LTEネットワーク内でのハンドオーバーや、3GからLTEへのハンドオーバーの方法も異なってくる。「そういったネットワークの開発に対して、チップをどのように作り込んでいくかが重要になります。最終的にネットワークと端末は1つのシステムで動くので、例えばネットワークで吸収しきれなかったことを端末で吸収したり、その逆もあります。初期のLTEネットワーク開発においては、いろいろな問題が起きたので、それに対応するために(LTEモデムの)MDM9200などを早期に用意する必要がありました」と須永氏は苦労を話す。

 MDM9200は、2011年冬モデルのドコモの初代Xiスマホ「GALAXY S II LTE SC-03D」と「Optimus LTE L-01D」に採用された、第1世代のLTEモデム。「キャリアとのネットワーク相互接続テストは第1世代のMDMで一通り行ってきました。それから第2世代のLTEモデム「MDM9215」「MDM9615」を経て、その次のクアッドコアプロセッサーに入る(第3世代の)モデムはさらに進化していきます」と須永氏は説明する。進化とは、下り最大112.5Mbpsを実現するLTEのCategory4に対応することだという。現在多くのスマートフォンに採用されているMSM8960のLTEモデムも第2世代のものだ。この第2世代のLTEモデムはCategory3までをサポートしており、「Category4に対応するMDM9x25(MDM9225やMDM9625など)は、2013年第2四半期にローンチする予定」とのこと。これに加え、LTEで使う周波数を束ねることによって、通信速度を高める「キャリアアグリゲーション」も、MDM9x25では可能になるという。須永氏は「Category4とキャリアアグリゲーションの2つが主流になるのは同じタイミングになるのでは」とみる。

※初出時に「MDM9x25(MDM9255やMDM9625など)」としていましたが、正しくは「MDM9x25(MDM9225やMDM9625など)」です。お詫びして訂正いたします(12/25:18:37)。

 第2世代のLTEモデムは製造プロセスが第1世代の45ナノメートルから28ナノメートルに進化している。配線が微細化することでチップの小型化にもつながり、消費電力を抑えたり、発熱を少なくしたりできるといったメリットが生まれる。Qualcommは数字を公表していないが、第1世代よりも第2世代のLTEモデムの方が小型化を実現しているという。

photophoto Snapdragon S4は、「Play」「Plus」「Pro」「Prime」という4つのグループに分けられる(写真=左)。Snapdragon S1〜S4のロードマップ(写真=右)
photophoto Qualcommのモデムは3G/4G、OSのサポート、GPS、RF、DSPなどさまざまな要素が統合されている(写真=左)ほか、W-CDMA、TD-SCDMA、LTEなどさまざまな通信をサポートする(写真=右)
photophoto 第1世代のLTEモデムは初期のLTEスマートフォンに、現在の夏モデルなどに採用されているのは第2世代のLTEモデム。そして2013年以降はLTE Category4やキャリアアグリゲーションをサポートする第3世代のLTEモデムが登場する(写真=左)。現在から2013年までにおけるSnapdragonのロードマップ(写真=右)

 先述のとおり、LTEにはFDDとTDDという2つの方式があるが、これら2方式を1チップでサポートすることも可能だという。「例えば日本で使うときはFDD、中国で使うときはTDDという具合に、FDDとTDDのソフトウェアを1つのビルドでサポートすることで、ローミング先で切り替えることはできます」と須永氏は説明する。その上で現在チャレンジしているのは、TDDとFDDの通信網が共存するエリアで、これら2方式の通信を「ハンドオーバーさせ、何らかのルールに従って通信を切り替えること」だという。FDD-LTEとTD-LTEのデュアルネットワークは、スウェーデンの通信事業者・Hi3Gなどが提供しているが、世界的にみてまだ少ない。ただ、日本ではソフトバンクモバイルが今秋にFDD方式のLTEサービスを開始する予定で、TD-LTEと互換性のあるAXGPサービスを提供していることを考えると、日本でも事実上、まもなく1キャリアでFDD-LTEとTD-LTEを利用できることになる。実際に「メーカーからもそういう(FDDとTDD方式に対応したチップ開発の)要望は出ている」そうで、ここでもQualcommのチップがカギを握りそうだ。

各国の異なる周波数に対応できるのはQualcommだけ

 LTE通信の仕様は海外キャリアでも違いは多いようだ。「例えば、(米国の)Verizon Wirelessは、音声着信用とデータ通信用にそれぞれ1本のアンテナを備えているので、音声着信があっても3GからLTEに切り替える必要がありません。LTE通信をしながら通話もできます」(須永氏)。さらに厄介なのが、LTE通信に使用する周波数帯が、国や通信キャリアによって異なること。2012年9月現在、日本ではドコモが2GHz帯、ソフトバンクモバイルは2.5GHz帯、イー・アクセスは1.7GHz帯をLTEまたは4G通信に使っており、今秋以降にKDDIは800MHz帯と1.5GHz帯、2GHz帯、ソフトバンクモバイルは2GHz帯でLTEサービスを開始する予定。こうした異なる帯域にチップを対応させるのも簡単なことではない。「ドライバのソフトは入れ替えができますが、フィルター、パワーアンプなどRFのアナログの部分は、(LTEの)バンド分用意する必要があります。日本ではこのバンド、海外では別のバンドが必要という具合に、どのバンド群を優先的にサポートするかは、すごく頭を悩ませるところです。さらにキャリアアグリゲーションにも対応するとなると、マトリックスがより複雑になります(苦笑)」(須永氏)

 1チップで全世界のLTE周波数を対応させることはできないので、国やキャリアによって、ドライバ、フィルター、アンテナが異なるというのが現状だ。「LTEは3Gと比べて何倍も複雑になっていますし、ローミング先の状況も考慮に入れてドライバのグルーピングをするには相当のノウハウが必要になります。各国の周波数の対応をこれだけの速さでできるのは今のところはQualcommのみだと思います」(須永氏)

 各キャリアの通信規格に即したチップのノウハウを蓄積できたのは、ケータイのころから構築してきたキャリアとの関係も大きいという。「弊社は各国の主要キャリアとは非常に長い付き合いをしています。ネットワークの進化、周波数の仕様や戦略も、Qualcommはよく理解しています」(須永氏)

 日本については、ケータイ(フィーチャーフォン)が主流だったころは、「フィーチャーフォンはキャリア独自の仕様やOSがあるため、Qualcommのチップでは対応できない(しなかった)部分もある」(須永氏)ことから、auの一部機種を除いてQualcommチップを搭載するモデルは少なかった。ただ、「スマートフォンの比率が上がっていくにつれ、日本でのシェアも上がる余地はあると思っています」と須永氏はみる。

チップの供給不足は2012年末に解決する見通し

 この夏はQualcomm製チップの供給不足により、端末を潤沢に供給できないメーカーも見られた。日本ではシャープやソニーモバイルが特にその影響を受けた印象がある(参考記事12)。特に需要が多かったというのが、LTEをサポートするMSM8960だ。Qualcommはその解決策として、チップの製造工場を1社から4社に増やし、「2012年末までにはそれなりの数を供給できる見込み」(須永氏)とのこと。

 ちなみに、Samsung電子は「GALAXY S III SC-06D」、HTCは「HTC J ISW13HT」をSnapdragon S4搭載機として投入しているが、これら2モデルのチップが供給不足になっているという話はあまり聞かない。これにはグローバルで端末を投入している強みがあるように思う。Samsung電子とHTCは、Snapdragon S4を採用するモデルをグローバルで展開しているため、国内のみで展開する日本メーカーと比べて、多くのチップを入手しやすい。チップをどの国のモデルにどれだけ割り当てるかはメーカーの判断となるので、日本で発売するモデルに優先的(または多め)に振り分けることも可能になる。ソニーモバイルもグローバルメーカーだが、Xperia GX/SX以前にSnapdragon S4を採用したモデルは少なかった。2012年早期に世界規模では投入していなかったことが、出遅れた一因と思われる。ともあれ、2012年末までにはチップの供給問題が解決されることを期待したい。

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