成功の鍵を握るHTML5とYouTubeの新型広告(前編)ネットワークモデルに移行するメディア産業(1/2 ページ)

» 2010年11月16日 16時41分 公開
[小林雅一(KDDI総研),ITmedia]

 この秋に登場した「Apple TV」や「Google TV」など、テレビ(放送)がインターネット(通信)に合流する兆しが見え始めた。これ以前から、Amazonの「Kindle」やAppleの「iPad」に端を発する電子書籍もブームを迎えているが、こちらは出版がネット(通信)に合流する動きだ(図1)。

いずれも過去に何度か試みられ、結局は鳴かず飛ばずに終わったが、今回は周囲の状況が違う。ここ数年でYouTubeのようなWebビデオは視聴者の間に定着し、電子ブックは米国の書籍売上の8%を占めるまでに急成長した。

 日本でも、iPadの累積販売台数が推定30万台前後と限られた読者ベースの上で、講談社の「The World」を始め、既に黒字化を達成した電子雑誌が生まれている。こうした中で、端末メーカーやキャリア、大手新聞社や広告代理店など、さまざまな業界から電子出版への参入が相次いでいる。さらに家電メーカーは、スマートフォンやタブレット端末に続く第3のヒット商品とすべく、インターネットテレビの開発に着手している。

 電波政策面では、米FCC(連邦通信委員会)や欧州委員会が、2010年9月に相次いで、これまで有効活用されて来なかった一部の放送用電波を、ワイヤレスブロードバンド用に割り当てる計画を承認。日本の総務省も今年5月から「ワイヤレスブロードバンド実現のための意見募集」を2回に渡って実施するなど、基本的に米欧と同じスタンスだ。これからのメディア産業が、通信を軸に生まれ変わることにもはや疑いの余地はない。

Photo 図1 マルチデバイスを引き金に、異種メディアが通信に合流

 いつの時代でも、情報インフラを押さえた業界には金が集まる。世界的な景気低迷の中にあっても、大手通信事業者(キャリア)は年間数千億円という巨額の利益をたたき出している。これに対し、出版社、新聞社、放送局といった伝統的メディアは、購読・広告収入の減少に歯止めがかからない。つまり「輪転機」「新聞販売店」「取次業者」「放送用電波」といった従来型の情報インフラから、「ブロードバンド・インターネット」という新しいインフラへと、速やかに金が移動しているのだ。

 そこには新たな課題も生まれている。YouTubeに代表されるネットワーク型メディアでは、人と人とを結ぶ電子的ネットワーク(ソーシャルグラフ)を介して、各種情報やコンテンツがバイラル的に伝搬するため、従来型の報道管制や著作権管理は不可能だ(図2)。

Photo 図2 情報の伝達ルートが、ブロードキャスト型からネットワーク型へと変化している

 昨今、メディア/コンテンツ産業の衰退が懸念される中、作家や音楽家、アニメ監督やゲームプロデューサーなど、いわゆるクリエイターが正当な報酬を得て創作活動に専念できる環境を早急に整えねばならない。そのためには前述のような課題を解決した上で、通信産業に集まりつつある富を、伝統的メディア産業やクリエイターに還元する仕組みを作る必要がある。つまり「通信(ネットワーク)型メディアへの構造変化」に対応した、新たなサービスやビジネス・モデルの創出が迫られている。以下、その参考となる先行事例をいくつか紹介して行く。

Appleの一極構造から、オープンプラットフォーム「HTML5」への移行

 まずは米Appleの動きから見て行こう。最近のメディア/コンテンツ産業をリードしているのが同社であることは、改めて断るまでもない。彼らが2001年に開始した「iTunes」は、当初、音楽配信サービスから始まり、やがて世界的なコンテンツ配信のプラットフォームへと成長。その過程で音楽産業の再編を促し、最近ではゲームや出版産業の根幹を揺るがしている(iPhoneやiPad向けのアプリ配信市場「App Store」、そして電子書籍市場「iBookstore」などは、事実上iTunesの一部と見てよい)。

 こうした中、Appleへの風当たりが強まっている。例えばiTunesからアプリやコンテンツを販売しようとする業者は、事前にAppleの厳しい内容審査を経なければならない。その過程で長期間待たされる、あるいは不明瞭(ふめいりょう)で恣意(しい)的とも言われる審査基準によってはじかれるものが続出。これに対するクリエイターの不満や不安が生まれると同時に、音楽レーベルや出版社からは、「コンテンツの値付け」や「顧客データの扱い」など、ビジネスの中核にまでAppleが踏み込むことへの批判が高まった。

 これらの問題は、過渡期にあるメディア/コンテンツ産業において、iTunesが突出した力を持ってしまったことに起因している。最近ではKindleの台頭こそあれ、質量共にiTunesに匹敵する配信プラットフォームはまだ存在しない。またiTunes(App Store)向けに製作されたアプリは、「Objective C」という独自言語で作られるため、Apple製以外のデバイスでは使えない。つまりiTunesは強い訴求力を持つ、閉鎖的なプラットフォームだ。コンテンツ・ベンダーはここに縛り付けられるので、Appleは彼らに強い姿勢で臨むことができる。

 しかし、この状況はいずれ、大きく変わるとみられている。Appleが現在の閉鎖的なプラットフォームを、もっとオープンな形へと改造するからだ。IT業界の関係者はこれを、「iTunesのクラウド化」あるいは「Webアプリへの対応」などと呼んでいる。この背景には、次世代Web標準「HTML5」の台頭がある。

HTML5とは何か

 厳密な意味でのHTML5とは、Webページ製作用のマークアップ言語「HTML(Hyper Text Markup Language)」の5回目の大幅改訂版を指す。しかし昨今、IT業界の流行語となりつつあるHTML5は、このマークアップ言語を中心に、後述の「Java Script」や「CSS3」など関連技術も絡めた、次世代のWeb標準技術の全般を指す。

 これまでのHTMLは専ら、Webページの文書構造を設計するための「静的なコンピュータ言語」だった。例えば新聞社のニュースサイトであれば、「画面のここに見出しを置いて、記事本文はここから始まり、写真はここに張り付ける」といった指定をするために使われて来たのがHTMLだ。このようにして作られたWebサイトは、基本的にわたしたちが「何かを見るためのページ」に過ぎない。

 これに対しHTML5は、動的な手続きを記述できるプログラミング言語Java Scriptと事実上、合体すると同時に、その機能を大幅に拡充することにより、もっとダイナミックなWebサイトを作ることができる。例えばデスクトップ上で動く「ワープロ」「表計算」「プレゼンテーション」「ゲーム」といった本格的ソフトウェア(アプリ)と同等のものを、HTML5というWeb技術を使って製作し、それをWebブラウザから使うことができる。つまりHTML5によって、Webはこれまでの「何かを見るためのページ」から、これからは「何かをするためのWebアプリ」へと質的な変化を遂げる。

 このほかにHTML5は、電子ブックやタブレット、インターネットテレビなどに向けた、電子出版やWebビデオのようなコンテンツ系サービスにも応用できる。例えば電子出版に関しては、現在、Amazonやシャープを始め、各社が独自のフォーマット(規格)を提供し、その互換性の欠如が新たな問題として浮上してきた。これに対しAppleは、欧米における電子出版規格の「EPUB」を支持している。しかしAmazonの独自フォーマットやEPUBは、「縦書き」や「ルビ」など日本語表記に必要な要素をサポートしないため、日本の出版社がその採用に難色を示している(それは海外勢の日本進出を拒むための口実という見方もある)。

 HTML5は以上の問題を一挙に解決する、新たな選択肢として期待されている。HTML5はオープンなWeb標準(規格)なので、特定の企業や製品、端末に縛られることがない。また単に活字のみならず映像や音声、さらにはマルチタッチ操作に反応するアクションなどを豊富に盛り込んだインタラクティブなコンテンツを実現できる。Web画面のデザインを規定するCSS3まで含めると、縦書きやルビなど日本語表記への対応も検討され始めている

 インターネットテレビのような映像系のWebサービスについても、日本の放送業界関係者は「BML(Broadcast Markup Language)」という独自規格に固執しているが、専門家の意見を聞くと、最終的には国際標準のHTML5に落ち着くという見方が優勢だ。HTML5には、異なるメーカーや機種の間で互換性の問題が最初から存在しないので、スマートフォンからネットTVを操作するような複合的アプリケーションにも適している。

 HTML5は現在、「W3C(World Wide Web Consortium)」という標準化団体が規格化(標準化)作業を進めており、それが完了するのは早くて2012年、遅ければ2020年とも言われる。このためIT業界の一部からは、「今からHTML5を使ってWebアプリを作るのは時期尚早」との声も聞かれるが、これは間違った見方だ。

 HTML5はもともとWebブラウザ「Opera」を提供するノルウェーのOpera、Firefoxを提供する米Mozilla、Safariを提供するAppleらWebブラウザメーカー3社が結成したWHATWG(Web Hypertext Application Technology Working Group)というコンソーシアムに端を発する。彼らが2004年に作り始めた新しいWeb技術を、W3Cは当初黙殺していた。しかしWHATWGの技術がIT業界から広く支持されるようになると、W3Cはこれを受け入れ、HTML5という名称を付けて、2007年にその規格化作業を開始した。

 これと並行してWHATWGは、HTML5関連の新しい技術開発を今も続けている。つまりHTML5はブラウザメーカー主導の動きであり、W3Cはそれを追認する格好だ。中でも先頭を走るOpera、Mozilla、Appleの3社は、自社製ブラウザにHTML5の主要技術をほぼ実装済み。当初、遅れをとっていたMicrosoftも、2011年前半にリリースする「インターネット・エクスプローラー9(IE9)」にHTML5の技術を大幅に盛り込む。これによってHTML5はW3Cによる正式な勧告(規格化)を待たずして、デファクトスタンダード(事実上の業界標準)へと大きく近づく。すでに台湾のHTCなど、世界の主要スマートフォンメーカーは、2011年にHTML5指向の端末をリリースすべく準備を始めている。アプリ開発業者にとっては、2020年はおろか2012年に対応し始めたとしても、手遅れになるだろう。

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