“スマートデバイス化”をサポートするQualcommの技術と強みMobile IT Asia

» 2012年03月16日 00時00分 公開
[田中聡,ITmedia]

 Mobile IT Asiaで、クアルコムジャパン 代表取締役社長兼会長の山田純氏が「スマートデバイスのイノベーションを加速するクアルコムの戦略」とのテーマで基調講演を行い、チップセットや無線技術を中心とした同社の取り組みを説明した。

世界初のスマホはQualcommが開発していた?

 「我々は自社をイネーブラーと称している」と山田氏が話すように、Qualcommは携帯通信関連の研究開発を行い、その成果をIPR(知的財産)ライセンスや半導体(チップセットなど)として提供することをビジネスとしている。コンシューマーに直接届く商品を開発しているわけではないので「通信業界ではあまり例のない事業モデル」(山田氏)だが、1998年には、PDAのPalmとCDMA携帯電話を融合させた「pdQ」という端末を発売し、1.25MHz帯域幅で1.5Mbps以上の速度を実現した。pdQはタッチパネルも搭載しており、元祖スマートフォンとも言える存在だったが、「残念ながらあまり売れなかった」(山田氏)。「pdQが発売されたのは、日本ではまだiモードが始まっていないころで、通信料についての議論がなされておらず、高額だった。商品投入のタイミングの難しさを痛感した」と山田氏は話す。

photophoto クアルコムジャパン 代表取締役社長兼会長の山田純氏(写真=左)。Qualcommが1998年に開発した“スマートフォン”「pdQ」(写真=右)

“オールインワン”がSnapdragonの特長

 「他社に先行して技術の価値を高めていく」という同社の姿勢は、プロセッサー開発においても変わらない。2005年には1GHz以上の動作をする携帯電話向けCPUを独自開発し、高速動作と低消費電力の両立に成功した。2007年11月には初の「Snapdragon」シリーズ「QSD8250/8650」を発表した。2009年2月には、Snapdragonを搭載した世界初のスマートフォン(Windows Mobile)「TG01」(東芝製)が発売された。「Snapdragonを皮切りに、携帯電話にもCPUがGHzで動くものが存在する、あってしかるべきと業界の方々に認識をしていただけた」と山田氏は振り返る。

 スマートデバイス向けのプロセッサーは、Qualcommの他にTexas InstrumentsやNVIDIAなども開発している。1GHz以上のクロック数は標準的になりつつあり、デュアルコアCPUを採用するモデルも多数登場。NVIDIAがクアッドコアCPU搭載の「Tegra 3」を発表したことも記憶に新しい。プロセッサー競争が激化している中、Qualcommが大きな課題と考えるのが「熱」と「消費電力」だ。「高性能なCPUを搭載する端末では5ワット程度の熱を発生する。クロックスピードやコアの数が増えると発熱量も増す。5ワットと言えども、小型軽量な端末であることを考えると、いかに熱いかは容易に想像できる。クロックスピードやコア数に加えて、いかに低消費電力を実現するかも競争軸になるので、ぬかりなく対応していきたい」と山田氏は強調した。低消費電力化のニーズが特に高いのが、3Gに比べて消費電力の大きいLTEチップだろう。ドコモの「GALAXY S II LTE SC-03D」「Optimus LTE L-01D」「MEDIAS LTE N-04D」は、LTEモデム対応のSnapdragon(APQ8060)を採用しているが、アプリケーションプロセッサとは別になっている。一方、APQ8060の次世代版である「Snapdragon S4」(MSM8960)」はLTEモデムとアプリケーションプロセッサーが一体になっているので、電力効率の向上が期待される。

 現在はスマートフォンへの採用が中心となっているQualcommのチップセットだが、タブレットやPCなども積極的にカバーしていく。また、携帯ゲーム機や電子書籍リーダーについても「スマートフォンやタブレットと大差なく、参画できる余地は十分ある」と前向きだ。一方「ルーターやセットトップボックスは、モバイル機器とは分野が異なるので、どう開拓するかは大きな課題」とした。ただ、Qualcommは2011年に、Wi-FiやBluetooth技術を手掛ける米Atheros Communicationsを買収し、携帯端末以外の事業展開も目指している。「ネットワークスイッチやルーターの役割はどんどん大きくなっており、有線通信の分野に乗り出すことは不合理ではないと考えている。近距離無線から固定網まで、あらゆるネットワークに対応したCPUの開発を目指したい」(山田氏)

 プロセッサーの分野で多くの競合他社が存在する中、Qualcommはどのように差別化を図るのか。「そのカギはインテグレーション(統合)だ」と山田氏は話す。「スマートフォンの高機能化が進んで要求される機能が果てしなく増えていくと、個別最適化したチップを開発するアプローチもあるが、モデム、DSP、CPU、GPUなどを統合した1チップの開発に重きを置いている」とし、「寄せ集めよりもいいものが作れる」と自信を見せた。また、モバイル通信向けの周波数帯も増えており、「LTEは世界で19もの周波数帯が存在するほど百花繚乱」(山田氏)。いかに小さなチップで多彩な周波数帯に対応させるかも課題とした。「ソフトウェアやOSへの対応など、特許として説明できない技術も多い」との苦労も話した。こうしたQualcommの技術が凝縮されたチップセットがSnapdragonであり、同社は「The all-in-one mobile processor」と銘打っている。

photophoto 携帯端末向け“GHzプロセッサー”を開拓したのはQualcommだった(写真=左)。携帯端末に留まらず、幅広いデバイス向けのチップ開発を目指す(写真=右)
photophoto さまざまな要素を統合したチップセットを開発していく

 山田氏はOSに合わせたチップの開発も重要と説く。「ハードウェアとして高密度に統合されていればいいわけではない。ハードウェアはOSを通して使うので、OSと一体となって開発する必要がある」(山田氏)。AndroidにおいてもSnapdragon開発当初からインテグレートを進め、Android初号機「T-Mobile G1」にはQualcommのチップセットが採用された。Windows PhoneやBlackBerryなどのOSでも多くの機種がQualcommのチップを搭載している。「スマートフォンやタブレットにおけるSnapdragonの採用は極めて多い。2011年12月で340機種が発表・発売されており、現在はすでに400機種が開発されている。Snapdragonで一大エコシステムが作られつつあると言ってもいい」と山田氏は胸を張る。

「LTE-Advanced」に対するQualcommの取り組み

 スマートフォンやタブレットが普及することによる通信量の増加が課題とされているのは周知の通り。周波数の利用効率を高めるために、次世代通信であるLTEの導入が世界で進められているが、山田氏は「LTEでも従来のHSPAやCDMA2000の周波数利用効率を大幅には上回れず、爆発的に増加するモバイル通信のニーズを満たすことはできない」とみる。「LTEは10MHz帯域幅で最大100Mbps、その5倍の帯域幅で1Gbpsの通信ができる――などと言われている。帯域幅を広くしたり複数のアンテナを同時に使ったりすればデータレートが高まるのは事実だが、帯域幅を拡大するにしても、無線で使える帯域は有限。複数のアンテナを組み合わせるMIMOを使えばデータレートが上がるが、送信出力も必要になるので消費電力の面では不利になる」。帯域幅の拡大とMIMOのどちらも技術的には可能だが、現実的ではない。

 Qualcommが重視するのは、エリアごとに周波数の利用効率を高める手法だ。通信量の多いエリアでは、ピコセルやフェムトセルなどの小型基地局を導入するなどして通信しやすくしているが、小型基地局を無尽蔵に導入すると互いに干渉してしまい、「ある1点では通信速度が向上しているように見えるが、基地局自らが干渉妨害をすることで全体のスループットが下がってしまう」という。そこでQualcommが開発しているのが、同一周波数帯のマクロセルにピコセルを置いても、干渉妨害をせずに通信できる技術だ。2011年3月から次世代LTE「LTE-Advanced」における実証実験を進めており、効果を定量的に測定している。Qualcommはこの干渉妨害を防ぐ技術をLTE-Advancedの要点としている。

photophoto 携帯端末向けの通信技術のロードマップ。現在の通信環境は「成熟」からほど遠いという厳しい見方だ(写真=左)。LTEの次世代通信「LTE-Advanced」では帯域の拡大、複数アンテナの使用、高いネットワーク容量の確保といった手法がある(写真=右)
photophoto LTE-Advancedの実証実験をQualcommが進めている

シニア/ペット向け製品にも3Gモジュールを搭載

 電話機に限らず、今後は日常生活のあらゆるものが、通信機能を持つスマートデバイス化すると山田氏は予測する。そこでQualcommは、スマートフォンではフォローできない製品開発にも注力する。その1つが、ジョイントベンチャーとして設立したLifecomm社が提供する、老人向けの所在確認と緊急対応ができる端末だ。この製品は主にアルツハイマーの高齢者を想定しており、使用者が転倒すると、それを自動検出して緊急通報をするというもの。腕時計型、ベルト装着型、ペンダント型の端末を用意し、2011年末にサービスを開始した。Qualcommは自ら最終商品を作らないことを原則としているが、「新しい分野では自らやることで初めて分かることがある」と考え、この商品は端末開発からサービスのアレンジまで、垂直統合型のビジネスとして展開する。「日本でも高齢化は進んでおり、アジアや欧米でも大きい課題。どうすれば新しいマーケットを開拓できるかは有意義なチャレンジだと思う」(山田氏)

 犬や猫などのペットが設定エリア外に出た際に、携帯端末に通知する首輪型端末「Tagg-The Pet Tracker」も開発した。「『犬猫にも3G端末が使われる』とは、2000年ごろに3Gサービスの立ち上げ当初にNTTドコモの方がおっしゃっていた。Qualcomm社内でも『まさかそんな』と思う人と『それはすごい』と思った人がいた」という。Tagg-The Pet Trackerはビーコン発信器を自宅に置き、発信器と端末は低消費電力の近距離無線で通信する。ビーコン発信器のある場所をペットが越えて行ったときにのみ、Tagg-The Pet Trackerの3G通信が発生するので、消費電力を抑えられるメリットがある。このほか、通信機能を備えた電力メーター「スマートメーター」に3Gモジュールを搭載する実験も米国で進めており、「通信事業者からは1カ月数十セント程度の使いやすい料金体系を提示してもらっている」と手応えを感じている。

 「スマートフォンでカバーされていないデバイスのネットワーク化を広げられるよう取り組んでいきたい」と意気込む山田氏。携帯端末を越えた分野でもQualcommの存在感は今後も増していきそうだ。

photophotophoto 高齢者に装着させる端末(写真=左)。ペットに装着させる「Tagg-The Pet Tracker」(写真=中)。あらゆる機器のネットワーク化をQualcommがサポートする(写真=右)

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