米国の電子書籍周辺事情を整理する(前編)Kindle、Sony Reader、iPad……(1/2 ページ)

» 2010年11月15日 15時30分 公開
[鈴木淳也(Junya Suzuki),ITmedia]

米国でのeBook/電子書籍の流れをいったん整理

2010年3月、大手出版社が手を組んで「電子出版社協会」を発足させた

 日本では、大手出版社や印刷会社、デバイスメーカーや携帯キャリアなどが集まって提携や新サービスを発表するなど、eBook/電子書籍の話題が花盛りだ。シャープの電子書籍リーダー「GALAPAGOS(ガラパゴス)」などはその典型例だろう。こうした状況は米国でも同じで、つい今夏には米Amazon.comにおける電子書籍の売上が、紙の書籍であるハードカバーの売上を上回ったというニュースが報告されるなど、“電子書籍”に関しては一足先にトレンドがやってきている状態だ。

 デバイスではAmazon.comの「Kindle」が8割近いシェアを獲得してほかを圧倒しているが、一方でSonyの「Reader」やBarnes & Nobleの「nook」などライバル陣もラインアップの拡充や積極的な値下げ攻勢で対抗しており、すでに市場競争は激烈の一途をたどっている。2010年4月にはこのような市場にAppleが「iPad」で参入を果たし、「タブレット」という製品カテゴリとその一機能としての「電子書籍リーダー」で市場を確立しつつある。タブレットの分野ではSamsungがAndroidベースの「GALAXY Tab」を市場投入しており、電子書籍リーダーとはまた別のカテゴリでの競争が起きつつある。

 今回はiPad登場前後の状況を整理しつつ、米国の電子書籍市場で何が起こっているのか、話題をまとめておこう。

E Inkディスプレイを搭載したeBookリーダーたち

Amazonの「Kindle 2」

 米国で電子書籍の歴史は比較的長いが、今日みられるような電子書籍のデータと専用ハードウェアのeBookリーダーの組み合わせは、比較的最近の話となる。紙の質感に近いE Inkのディスプレイを採用した専用デバイスを他社に先駆けて投入したのはSonyで、2006年のことになる。その後、2005年にフランスの電子書籍企業Mobipocketの買収を完了させていたAmazon.comがKindleを投入し、米国で電子書籍市場が本格的に立ち上がり始めた。

 この時点での市場規模はまだ小さかったが、戦略面で両者には大きな違いがあった。まずSony Readerは、当初販売拠点を米大手書店チェーンのBordersに置き、後にBest Buyなどの家電量販店に拡大している。書店や通常の電子機器の流通チャネルを使ったということだ。

 ところがKindleはこれら既存の販売チャネルは利用せず、本体の購入はAmazon.comのWebサイトのみという直販体制をとっていた。これはコンテンツの流通方法にも現れており、例えばSony ReaderではPCの専用ソフトウェアにストアで購入したコンテンツをいったんダウンロードしてきて、それをUSBケーブルでeBookリーダーに転送するという方式をとっていた。一方でKindleはeBookリーダーそのものに携帯電話ネットワークの通信機能を搭載し、Amazon.comのWebサイトで書籍を購入すると自動的にプッシュ方式でコンテンツが転送されてくる方針を採った。つまり流通をすべて自前のインフラでまかない、PCレスでの運用も可能なわけだ。

米国で販売されているSony Readerの現行ラインアップ(写真=左)。中央がWi-Fiと3Gによる通信機能を内蔵した「Daily Edition」だ。Sony ReaderはBordersやBest Buyなど既存の家電量販店でも取り扱われている(写真=右)

 このKindleが利用するネットワークの仕組みは「Whispernet」と呼ばれ、米Sprint Nextelの回線を利用してデータ転送を行っており(現行のKindle 3ではAT&Tのネットワークを利用している)、Kindleユーザーはこのネットワークを無料で利用できる。Kindleには簡易Webブラウザが搭載されており、これを利用して簡単な調べ物を行うことも可能だ。eBook/電子書籍個々のデータは非常に小さいため、回線負荷をほとんどかけないことから可能な仕組みだ。

 Whispernetのメリットは、こういったコンテンツのダウンロードやWebでの調べ物、ブックマーク(しおり)の同期もさることながら、新聞や雑誌など定期刊行物を“購読”することで、最新号をユーザーが意識せずに利用できる点だ。通信機能のないSony Readerではこういったサブスクリプションによる自動更新の仕組みがないため、「手軽で最新のコンテンツをどこでも」という意味ではKindleのほうが使いやすいことになる。実際にこういった機能を好む利用者が多かったのか、シェアとしては後発にあたるKindleのほうが高くなり、2009年時点でのシェアはKindleが6〜7割という状態であった。後にSonyもKindle対抗となる「Daily Edition」をリリースしており、従来モデルになかったネットワーク通信機能を装備した。

Barnes & NobleのeBookリーダー「nook」

 こうしたなか、2009年10月には新たなライバルが登場した。Bordersと並び、米大手書店チェーンとして知られるBarnes & Nobleのnookだ。nookの特徴は大きく2つある。まず、Kindleにあるようなハードウェアキーボードがなく、本体下側にタッチパネルのカラー液晶が据え付けられている。これが選択メニューやソフトウェアキーボードの役割を果たしており、コンテンツを表示するE Inkのディスプレイと合わせて2画面構成になっている。

 そしてもう1つの特徴は、Android搭載という点だ。Android搭載のメリットは、画像表示など標準的なファイルフォーマットの処理に対応するほか、Webブラウザや通信などの機能を一通り備えている。昨今のスマートフォンに比べればパフォーマンスは非力なものの、nookそのものは非常にリッチな表現能力を持っているといえる。

 コンテンツはBarnes & NobleがPCや各種スマートフォン向けに提供しているeBookリーダーアプリケーションのライブラリがそのまま利用できるため、後発ながら比較的ラインアップがそろっている。ただnookは2009年の年末商戦で品薄が解消されず、比較的商品が潤沢に流れるようになったのは2010年春に入ってからで、売上が伸びる商戦を逃したことでライバルらに肉迫するのは難しかったようだ。

iPadが登場しコンテンツ価格にも変化が

2010年1月27日に開催されたAppleのスペシャルイベントで「iPad」が発表された

 2009年末から2010年初頭に入ると、Appleがタブレット型デバイスのリリースに向けて、大手出版社や新聞社などコンテンツを持つ各社との交渉を活性化させているとの話が多数伝わってきた。そのなかでたびたび指摘されていたのが、電子書籍の分野でKindleが圧倒的シェアを持つことで、Amazon.comの発言力が極端に高くなることだった。もしAppleがタブレット投入でKindleの有力な対抗馬になれば、低下しつつあった出版社の発言力が再び強くなる目算があったとみられる。そしてAppleは1月末にiPadを発表し、こうしたもくろみの一部は現実のものとなった。

 例えばAmazon.comはそれまで、同社の電子書籍である「Kindle Edition」の価格の上限を9.99ドルに設定しており、出版社はハードカバー本の価格が25ドル程度なのにも関わらず、Amazon.comに電子書籍として卸すときには9.99ドルの値段を付けざるを得なかった。想像に難くないが、本の販売は初動の売上が重要であり、特にベストセラーほどその傾向が高い。一番本が売れる時期の売上が電子書籍に偏ることで、本来ハードカバーで得られるべき売上が得られない可能性がある。これでは売上減少は免れられず、出版社の不満の種の1つになっていた。

 だがiPad発表のその日、Amazon.comにコンテンツを提供している大手出版社のMacmillanがこの9.99ドルルールを破る形でKindle Editionに12.99ドルや14.99ドルといった価格を設定、Amazon.comはその対抗措置として同ストア内からMacmillanの書籍の購入ボタンをすべて取り去るといった行為を行った。しかし最終的にAmazon.com側が折れ、この9.99ドルルールは消滅することになる。これはiPad登場効果の1つだ。ユーザーにとってはデメリットかもしれないが、プラットフォームがKindleのみに縛られることもまた危険であり、ある程度健全な競争環境ができつつあったといえるだろう。

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